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ダニエルが抜けて、エドマンドソン兄弟はビリヤードをやめ、また経営論を語り合う気らしい。図書室はよく声が響くし、客室より厨房に近く、暖炉が大きい。それに書物の壁に囲まれた空間のほうが、兄弟でベッドに座っているよりずっと雰囲気がいいのはわかる。格式や聡明さを纏いながら、経済の話がしたいのだ。
「お前なにか食うか? 適当に漁ってくるけど」
マーカスもついていく気らしい。
すると、ノーマとふたりきりになれる。
「君は? 寝る前になにか摘まんでおく?」
チェス盤を挟んで燭台の灯りを頼りに表情を探った。
ノーマは口で答えずに首を振る。目を見れば、僕と同じ事を考えているのだとわかる。
「大丈夫だ」
「わかった」
エドマンドソン兄弟が図書室から出て行くのと同時に、ノーマが指を絡めてきた。
「寒い」
小さな指を親指で撫でて、このあとの事を考える。
彼女の部屋へ行くか、或いは……
「暖炉の傍へ行く? チェス盤くらい持って下りられる」
「ううん。ここで」
答えたノーマは本当に寒そうで、すぐにでも温める必要があった。
昼間ジョシュアたちが目録を作る際、一時的に本を置くために用意した毛布が角に畳まれていた。一枚を広げ、本の壁に寄りかかりノーマを背中から抱きしめ、もう一枚に包まる。足の間に収まり胸に背中を預けてくるノーマは、温まるとくったりと身を預けてきた。眠いのだろうか。
「どうして僕じゃなかったんだろう」
心の中に留めておくべきだった言葉が、零れた。
「舞踏会に来なかったからよ」
毛布と僕の腕の中で、もごもごとノーマが返す。
その通りだと思っだ。本当なら僕が、ノーマに出会うはずだった。
きっと、そうだ。
熱を取り戻した柔らかなノーマを抱きしめていると、このまま世界が終わればいいなんて馬鹿な考えが浮かんだ。そう、ノーマと結ばれないなら、いっそすべて壊れてしまえばいい。
それさえ実現しない。僕は、チェス盤に乗らなかったまぬけな駒なのだ。
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