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5 夜の道
滞在中は僕らの宿泊用に客室が整えられている。そしてノーマには迎えが来るから、兄が送る必要はなかった。だから食堂にノーマの席が用意されても、誰も気にしなかった。
ところが、食後にまた図書室で過ごしているうちにかなり遅い時間になった。
「僕はもう大人だよ! まだ眠くない」
「ベネディクト、お前は大切な預かりものなんだ。10時にはベッドに入れる約束だし、14才はまだ大人じゃないよ」
「ジョシュア!」
キャロルに続き、ベネディクトが駄々を捏ねている。
「起きてたって遊んでやれないぞ」
アーサーがワインを飲乾し腰をあげた。
「いくらなんでも遅すぎるだろう。初めてのアヴァンズロックだから夜道に迷ったのかもしれない。マーカス、行くぞ」
僕たちは年の数の夏ここで過ごしてきた。
だから昼の照りつける太陽と、急激に冷え込む夜を知っている。
マーカスも腰をあげると、エドマンドソン兄弟をジョシュアが信頼の眼差しで促した。本当に遭難しているなら頭数は多いほうがいい。僕も腰をあげたが、マーカスに手で制された。
「お前はいい」
尤もそうな顔をしているが、つまり揶揄われているのだ。
それに、たぶん、あわよくばダンフォード造船所にコネを作ろうとしている。
「俺も行くよ。頭数は多いほうがいいだろ」
へべれけのダニエルが真顔を作って立ったが、しっかりよろけている。ジョシュアが溜息をついて首をゆっくり横に振った。
「ダニエル、お前を馬に乗せるわけにはいかない」
「ヘイデンはただ落ちたが、お前は踏まれる」
「早すぎる死だ」
年齢順で言えばジョシュア、ダニエル、アーサー、兄、マーカスと僕だが、我らの次兄は素直に腰を下ろした。ダニエル・グランヴィルという男は自他ともに認める、愛すべき駄目人間なのだ。
「皆さん、たぶん大丈夫ですから」
ノーマが長椅子から遠慮がちに声をあげる。
「山影で昼とは違った道に見えるし、梟と狼の声に惑わされるんですよ」
「夜には夜の道があるというわけです」
アーサーが間髪入れずに答え、マーカスが捕捉する。それから兄が、困惑するノーマを事務的に宥めた。
「無事を確認したほうがいいし、催促もしないといけない。すまないな。頼む」
「ああ。お前は彼女といるべきだ」
図書室には兄とノーマ、ダニエル、そして僕の4人が残った。
「ごめんなさい。こんなご迷惑をかけてしまうなんて」
「いいんだ。どこに迷い込むかは、あいつらがいちばんよく知ってるから」
「俺が迷子になった。5回も」
ダニエルがノーマに指を開いて見せて、また立ち上がる。
「ヘイデン、部屋に連れてってくれ。眠いんだ」
「いいよ」
似たような体格の僕は、ある時期から酔ったダニエルを運ぶ係になっていた。
ダニエルの左腕を首にかけ、胴体を支えて歩き始める。息もぴったりだ。図書室を出る間際、ダニエルが気さくな挨拶を残した。ノーマがいくらか柔らかな笑顔を返したのが、印象的だった。
ダニエルは眠気と戦うためか、しきりに話しかけてくる。
注意深く階段をあがり始めると、さらに饒舌になった。
「ノーマはいい娘だな。でも、チャーリーには合わないと思う」
「……」
「お前、馬から落ちてないよな?」
「ああ。いつも通り足をついたとき、石で転んだ」
「はは、気をつけろ。あ……チェロだよな?」
「ヴィオラ。何度言えば覚えるんだ」
「ヴィオラ……そう、ヴィオラだ。チェロも弾くのか?」
「弾かない。もう、そんなに気になるなら自分で弾けよ」
「俺は、無理だ……オタマジャクシにしか見えない」
「教えるよ」
ダニエルをベッドに寝かせてやって図書室に戻ると、兄は安楽椅子で本を読んでいた。ノーマは窓辺に立っている。エドマンドソン兄弟が気掛りなのかもしれないが、正反対の道を走っている頃だと教えるには僕はまだ遠く、兄は冷淡すぎた。
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