6 過ちの始まり

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6 過ちの始まり

 ウィールライトの別荘からエドマンドソン兄弟が戻ってきた頃、玄関広間の柱時計は0時半をさしていた。 「くそ、間に合わなかったか」 「どうなっている? お前たち、酔ってるのか?」  ジョシュアが狼狽している。  エドマンドソン兄弟は少し興奮していた。 「ウィールライト卿は面白い人だよ」 「別荘購入を祝って使用人全員にも酒と料理を振舞っていた」 「それで御者が潰れて、酔い覚ましに果物とゼリーを大量に食わせたら今度は腹を下してしまったんだ。ウィールライト卿も執事も馬丁も酔って馬に乗れない」 「そのうちチャーリーが送ってくれるだろうと思っていたそうだ」 「で、俺がチャーリーだと思われた」  マーカスと兄はどこも似ていないが、ノーマの両親以外にとっては顔も知らない伯爵令息だから、無理もないかもしれない。 「そういうわけだから、チャーリー、出番だ。婚約者を送り届けるぞ」 「いや、今日はもう疲れた」  兄があくびを噛み殺している。  肉体的にではなく、気疲れだろう。構って欲しがらない分ノーマに感謝さえしているのではないかと、このときすでに僕は疑い始めていた。 「は?」  マーカスが目を丸くした。 「父親は泊めてくれと言わなかったのか? こんな真夜中まで娘を放っておいて、今から1時間も馬に乗せて走らせろって本気で思ってるわけないだろう」 「たしかに、もう泊ったほうが安全だ」  兄にジョシュアが同意する。  その顔には珍しく怒りが滲んでいた。真面目なジョシュアには、令嬢を迎えに来ないという事も、使いを酒に酔わせて返すという事も受け入れられない愚行なのだ。   「向こうの落ち度だから誰も文句は言わない。ジョシュア、部屋を用意してくれ」 「ああ。責任を持って婚約者をお預かりするよ」  ノーマ・ウィールライト男爵令嬢の身の安全と貞操は、今やジョシュアの肩にかかっている。  兄は頭痛がすると言って、割り当てられた客室へ篭ってしまった。すると当然、僕がお目付け役という事になる。ノーマの部屋が用意できるまでの間、エドマンドソン兄弟はダンフォード造船所の経営者の娘と話がしたくてたまらないようだった。
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