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深夜の図書室は、酔っ払いによる熱い経営論で賑わった。
長椅子が囲むテーブルには熱い紅茶が用意されたが、暖炉の火はもう消えていた。
ノーマはアーサーとマーカスに好きなだけ喋らせる事にしたようだ。酔っぱらった男にもいろいろいるが、あしらい方を心得ていた。
この状況を仕方なく受け入れたのか、気にしていないのか。
どちらにせよノーマには度胸があった。
落ち込んでもいなければ、眠ってもいない。
アーサーとマーカスの喧しい論争をよそに、真剣に宙を眺めている。カーテンが開いてさえいれば月が見えたかもしれないが、閉まっているし、ノーマの目は現実的なものはなにも映していなかった。
唐突に、ノーマが僕の目をしっかり見つめた。
それで僕は、随分と長く彼女を見つめていた事実に気づいた。
「ぼうっとしてしまって」
ノーマが僕自身に発した初めての言葉がそれだ。しかもなぜか同意を求めるような親しみが込められていて、おかしくて笑ってしまった。
「ぼうっとしてないで寝てる時間だよ。普段はこんな事ないのに、そのふたりは別次元で喋り続けてるし、なんだが夢の中みたいだ」
「楽器を弾いたりしないの?」
ノーマも笑い返してくる。砕けた口調は、真夜中の持つ魔力なのか、僕が年上の義弟になる男だからなのか。余所行きの壁がなくなった分、元々の気取りのない態度に愛らしさが加わっていた。
「楽譜を見る事はあるけどね。でもここに楽譜はないから」
「残念」
「ただピアノはあるな。僕しか弾けないから片付けられてしまった。そうだ、調律しないと。思い出してよかったよ」
「音楽が好きなのね」
「好きだよ。君は?」
ノーマが笑みを深め、得意気に言った。
「ピアノが弾けるのよ」
僕は熱く弁舌を振るい合う酔っ払い兄弟を残し、ノーマとピアノを探し始めた。灯りの消えた館で左脇をちょろちょろとついてくるノーマは小さく、そして、可愛かった。表情豊かで、目を見れば考えている事がわかる気がした。
ノーマと兄ではしっくりこない。
でも僕となら……息も合うし、趣味も合う。
そんな事を考えていた。
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