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11 愛の言葉を探して
事態が落ち着き、獄中の夫と離婚裁判を進めている。
屋敷を手放したくない夫は私の立ち退きを条件に離婚を承諾すると言ったけれど、法廷で却下された。私が相応しい財産を得なければ公平ではない、という理由。
そして、もうひとつ。
「お願いがあって来たのです」
夕刻に訪ねた私を、ポルフィリオは快く迎えてくれた。
あの応接室で、再び、彼と見つめあう。
私はもう、酔っても、憔悴してもいない。
「なんでも言ってください」
「使用人を数人こちらで雇って頂きたいのです。皆、真面目でよく働きます。御存じの通り、うちにはもう、全員を食べさせるお金がありません。お願いします」
私はポルフィリオに深く頭を下げた。
夫は女遊びだけでなく、賭博にも大金をつぎ込み借金を作っていたのだ。
幸い、返せないほどではなかった。でもとても今までの暮らしを維持していくのは難しい。ひとつだけ喜ばしい事があるとすれば、夫の保釈金さえ捻り出せないという事だ。
大きな溜息が聞こえ、優しく手を添えられ、私は体を起こした。
穏やかな微笑みが、そこにあった。
「なかなか想いが伝わらない」
「……」
彼はそっと私の両手を包んだ。
それから跪いて恭しく指先に唇を当て、言葉を紡ぐ。
「あなたごと、全員まとめて腹いっぱいにしてあげられます」
「……ありがとう」
胸がいっぱいで、喉が詰まってしまった。
彼の大きくて純粋な愛に応えられなかった愚かな自分が、本当に恥ずかしい。
「あなたには、本当に、感謝して……」
「こんなのはあなたがしてくれた事へのお返しです。感謝なら負けない。一生をかけてあなたに感謝し続けますよ」
息を吹き返した私の心は、彼の優しい言葉に充分すぎるほど呼応した。
彼の愛を受けるに相応しい人間かどうか、自信がない。ただ彼が私を想う気持ちに嘘がないのは、もうずっと前からわかっていた。彼はあの日から……はじめから、私には眩しすぎた。
「もったいない」
「まあ、もうしばらくは控えめなあなたに相応しい友達でいましょう」
くすっと笑い、彼が上目遣いに私を見つめた。
その熱い眼差しが、私の胸を、弾ませた。
「……」
まだ、言葉はない。
今はまだ口にしないでおくその言葉を、見つめあって、私たちは伝えあっているのかもしれない。
「まずは、腹いっぱいになってくれますか?」
「……ええ。頂くわ」
喘ぐように答える。
彼は立ち上がって背中を丸め、間近からじっと目を覗き込んでくると、私の中に確かにその想いがあるのを見つけ出し、微笑みを深めていった。
キスはしない。
抱きあいもしない。
それでも私たちはもう、いずれ迎えるその日に向かって歩き出していた。
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