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12 新しい旦那様
ポルフィリオに招かれ、私とうちの使用人全員が広間に集っていた。
屋敷はポルフィリオの手配した屈強な男性5人によって留守を守られている。
広間には豪華な食事が用意されており、私への計らいでお酒の代わりにガス水と紅茶が各テーブルに備えられていた。
私以外、全員、使用人だ。
誰も口をつけられず緊張しているものの、少し興奮もしている。
「今日はお集まり頂き感謝します。まず、心優しい女主ミネルヴァに、乾杯」
彼は丁寧に宴を始めた。
「ここに並んだ食事は、毎日とは言わないまでも、祝い事や俺の機嫌がすこぶるいい時に当家の使用人全員に饗するものと変わりありません」
「わあ!」
デイジーが声をあげる。
私が微笑んで人差し指を立てると、彼女は唇を巻き込んで肩を竦めた。でもその瞳は期待に煌めいている。
「だから遠慮せずに、腹いっぱい食べてほしい。消化のいいものが必要なら、そこに卵のリゾットとゼリーも用意してあります」
壁際に設けられた別のテーブルで、彼の使用人がそれぞれお辞儀している。
「食べながら聞いてください」
さすがにそれは無理な相談だった。
でも、もしかすると彼の使用人たちの何人かは、彼と一緒に食事をしているのかもしれない。彼の貴族らしからぬ主としての在り方は、驚きと共に目新しく、どこか魅力的だと感じる事ができた。
ぴくりとも動かない招待客を見回し、彼は頷いた。話し終えなければ宴は始まらないと気づいたのだ。
そして宴の主催者からいつもの彼に戻った。
「セミナーティ氏の借財により切迫した状況に陥っているというのは、皆が実感している通り。そこで、当家では使用人を募集する。この場で決めなくて構わない。ミネルヴァか俺に一言そう申し出てくれれば、いつでも歓迎する。今日はそれを伝え、歓迎の意志を伝えるための宴だ。さあ、食べてくれ!」
「恐縮ながら、質問があるのですが」
執事が挙手し、ポルフィリオはまた頷いた。
宴はまだ遠い。
「奥様はどうなるのでしょう。私たちは助かりますが、奥様のご不便を承知でこのような待遇を受けるわけには参りません」
「尤もだ。そして忠実なる人に敬意を表したい」
彼はグラスを掲げ、
「滅相もございません」
執事の言葉を受けてグラスを下ろした。
「ああ、心配には及ばない。裁判が済むまでミネルヴァは客人として丁重にもてなし、良識を以て、求婚するつもりだ」
「……」
私は少なからず驚き、隣に立つ彼を見あげた。
頬が熱を持ち、胸が早鐘を打つ。
使用人たちは料理より彼の求婚宣言に色めき立ち、ざわつき始めた。
「実は俺は、昔、皆と同じように仕える側の人間だった。この話をこんなに早くするとは思わなかったが──」
彼が、私との出会いをドラマチックに語る。
使用人たちが聞き入るのを見て、私は恥ずかしくて俯いてしまった。
「だからこれは俺の恩返しのひとつで、純粋な敬意からの事だ。だがあの日からミネルヴァは、恩人というだけではなく、俺の永遠の女性、女神に等しい愛すべき女性でもある。まだ裁判は済んでいない。だからこれは秘密にしてほしい。さあ、頼む、食べてくれ」
「新しい旦那様に!」
「乾杯!」
「乾杯!!」
ついに宴が始まり、使用人たちの明るい表情を見て私も次第に嬉しくなった。
不器用にナイフとフォークを使いながらデイジーが燥ぐ。
「運命の恋物語ですね! すてきッ!!」
ポルフィリオが人差し指を唇に当て、ゆっくり、首を左右に振った。
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