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5 カーテンの隔てたもの
私がポルフィリオ・デ・ロッシと出会ったのは、とても幼い頃だった。彼はどこかの屋敷の庭師に弟子入りしている年上の少年で、彼が大人に折檻されているのを見て、夢中で止めに入ったのだ。
彼を折檻しているのは、お仕着せを着ている大人の男だった。けれど、使用人である彼は、私が招かれた貴族の娘である事は理解していた。
「指輪を盗めるわけないわ! この人は、私と遊んでくれていたもの!」
嘘だった。
この時、私は彼の名前すら知らなかった。
ただ私は、子供心に彼の風貌に惹かれていた。
だから記憶に強く焼き付いていたのだ。
彼と再会したのは、また別の晩餐会だった。
私は17才になっていた。
彼はとっくに庭師などは辞め、海運商で財を成し爵位を買った若い成金貴族として私の前に現れた。世界を股にかける大富豪となっていた彼は貴族たちに持て囃され、その彼に求婚された私は良くも悪くも注目の的にされていた。
ただ、私は愚かな娘だった。
私には、彼によって思い出を語られた事で、思い出が急につまらないものに感じられた。それに彼が得た大金をどこか汚いものに感じたし、それで爵位を買った事が尚、汚く感じられた。
彼が努力家の庭師であったなら、私の幼い御伽噺はハッピーエンドを迎えたのだ。とどのつまり、私は大物になりすぎた彼に怖気づいていた。だから虚勢を張って、言い放ったのだ。
「私は偽物の貴族とは結婚しないわ。由緒正しい上流貴族と結婚するの」
窓際に立っていたため、カーテンが風に煽られて膨らんだ。
風を含んで大きく揺れたカーテンの襞が戻ってきた時、彼が切なそうに涙を浮かべているのを見て、私は鞭打たれたような衝撃を受けたけれど、気づかないふりをした。
そして私はその年、デルフィーノ・ダニオ・セミナーティの求婚を受け入れた。
*
ポルフィリオは立ち上がり、私に背を向けた。
それは表情を見せず、心を明け渡さないようにしながら思案している姿に見えた。
「こんな事をお願いできる立場ではないとわかっています。ですが私のためではなく、娘のために、どうか知恵を貸してください。どんな事でもします。働きます。靴磨きでもなんでもします」
「そんな事はしなくていい」
振り向いた時、彼の顔は険しかった。
私はまた少し怖気づき、一度俯き、おずおずと顔をあげた。
彼はもう、傷ついた表情を浮かべるような若者ではなかった。私などは握りつぶしてしまえそうな、強大な力を蓄えた大人の男性だった。
「あなたが俺の愛を信じていないのはよくわかった」
「え……?」
愛?
「あなたに出会い、あなたに相応しい男になるために死ぬ気で努力してこの地位を得た。これだけの金を積まなければ、あなたのような貴族に並ぶだけの資格が得られないと思ったからだ。でも、まだ足りない。あなたはいつも、最後には俺を拒絶する」
「……違」
突然、彼が大股で迫ってきて、私を抱きしめた。
「金も、地位も、はじめからふたりとも、なにもないところに生まれていれば、愛だけがあれば、あなたは俺を見てくれたのか……?」
「……」
彼は、表情は見せなかった。
けれど耳打ちされるような囁きは苦しそうで、傷ついている事はよくわかった。
あの日の、カーテンの幻が、見えた。
そして彼はカーテンを越えた。
彼はわずかに腕の力をゆるめると、私の顔を燃えるような瞳で見つめた。
熱く長いキスが、私の唇を塞いだ。
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