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7 言掛かり
ポルフィリオの屋敷に戻った時、私は久しくなくしていた食べる事への興味を少しだけ蘇らせていた。馬車の中で彼とこんな会話があったからだ。
「さて、あなたはとにかく栄養のあるものを食べたほうがいい」
「食欲は、あまり……」
「なに、美味い物の匂いを嗅げばその気になりますよ。俺の屋敷に来ておいて粗食で済まそうだなんて、そんな甘い話はありません。俺は靴磨きの小僧にまで肉を腹いっぱい食わすんです」
「……あなたが、苦しい思いをしたから?」
「それもありますが、ひもじい思いをさせると主に反感を抱きますからね。でも甘やかしませんよ? それはあなたも同じだ。俺は断固として、あなたに栄養のある肉を食わせます」
こんがりと焼き目のついた分厚い肉をどうこうというより、私は彼の純粋な笑顔に心を解かれ、少しだけ微笑むようになっていた。そして、そこまで言うのなら、少しだけ、まるで楽しいかのように、食卓を囲むのもいいだろうと思ってしまった。
あの子の命日に心が安らぎを得るなんて、とても許されない。
そう思うと同時に、あの子の美しい魂は、今の私になにを望んでいるだろうと初めてそんな疑問が生まれた。
でも、私に夫への憎しみより、あの子を愛する事だけをさせてくれたポルフィリオに深い感謝を抱かずにはいられなかった。
馬車が停まる。
私はポルフィリオに手を取られ、地面に足を下ろした。
ところが出迎えた彼の執事は固い表情でなにかを耳打ちし、彼が表情を変えた。彼は体の脇で大きな拳を震わせ、肩を数回上下させると、真剣な眼差しで私を見おろし、一拍置いて事務的に事態を告げた。
「デルフィーノ・ダニオ・セミナーティが、あなたを姦通の罪で訴えた」
「……え?」
ぽかんと彼を見あげる。
まったく別世界の言語を聞いたような、ふしぎな感覚だった。
それからじわじわと、あの、悍ましい怒りの感情が腹の底から沸いてきた。
「そんな……!」
「ひとつ名誉があるとすれば、相手の情夫が俺という事です。あの男の訴えでは、あなたは娘の命日にそれを悼むでもなく酒を飲み、情夫である俺の元へ向かったと。そしてその足代として、神聖な結婚指輪を売り払ったと。神に誓った結婚を穢し、娘の魂に泥を塗った……そう判事に泣きついたそうです」
眩暈がした。
あの男は、なぜ、そんな事ができるのだろう。理解できない。
「娼婦を連れて来たのは、自分なのに……」
「あの男を恐れる必要はありません。ただ、姦通罪は男が有利です。あなたの裁判は明後日の朝。なんとしても勝たなければならない。わかりますか? 気を確かに持って、俺に任せてください」
「……」
言葉を失う。
姦通罪。
男が娼婦を買うのは不問なのに、女は夫に言掛りをつけられたら最後、精神病院に入れられるか死刑だ。恩赦を受けたとしても不審な死を遂げたり、消えてしまったりする。
夫は、家を出た私に憤り、私を抹殺しようとしているのだった。
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