用具室の伝説

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「でもさぁ、この雨いつになったら止むのかなぁ」  ため息をつきながら仁美がそうぼやく。 「そうだな。早く止んでほしいよな」  健太はそう答えるが、それが半分本当で半分嘘であることは自分自身が1番よく知っている。仁美とこんな形で一緒にいられる機会なんて、そう簡単にはつくれないはずなのだ。だが、絶好のチャンスとは得てして最悪のタイミングで訪れるというもの。仁美とかわす話題など、健太は持ち合わせていない。 「そういえばさ、萌ちゃんの代わりに来た英語の先生いるじゃない?」  沈黙を破るかのように仁美が話題を振ってきた。 「ああ、原中先生のこと?」 「うん。あの先生さ、だいぶクセあるよね」 「確かにね。deny(ディナイ)は、そうだから否定するって意味だよとか、オヤジギャグ全開だもんな」 「でもさ、勉強が嫌いな健太君の頭にそこまで残るってことは、教え方上手いんじゃない?」 「そうだけどさ、僕は萌ちゃんが良かったなぁ」 「ふーん……。やっぱり男子って、教え方が上手い先生より美人な先生がいいの?」  仁美の問いかけが何故か健太の胸に刺さった。 「美人って言ったってさ、もう去年には結婚してて子どもも産まれた訳だろ?それで萌ちゃんが好きだから英語頑張ります!とはならないよ」  言い訳がましいかな?という思いが脳裏に浮かびつつも、健太はそう答える。 「そうなんだ。ま、萌ちゃんは女子からも人気高いからね。やる気が出るのもわかるよ」  仁美の笑顔がどこか悪戯っぽく見えた。 鉄の扉越しといえど、依然として強い雨音が用具室の中まで響いてきている。 「そういえばさ」  雨音が鳴り止まない中、仁美が口を再び開いた。 「どうしたの?」 「健太君ってさ、水泳部の中で一番速いじゃない?」 「まぁ……言われてみれば確かにね」  健太は少し照れを隠しながらそう答えた。水泳部では男子も女子も学年やタイム、泳げる種目などを考慮してレベル別のメニューが組まれている。今日健太が取り組んでいたのは男子水泳部の中でも一番厳しいメニューだった。 「やっぱりさ、部活終わってからも自主練とかしてるの?」 「まぁ一応やってはいるよ。週に4回、家の近くのスイミングクラブの選手クラスのメニューをこなしているね」 「へぇ。どのくらい泳いでるの?」 「軽く5000mくらいかな」 「部活と合わせたら8000mくらいか。本当に頑張ってるんだね」 「まぁ、周りのレベルも高いから。去年は女子の100ブレストで全中6位になったコもいたからね。もう東京の方に引っ越しちゃったけど」 「へぇ……女子も一緒なんだ……仲良いの?」  仁美は含みを持たせたような言い方でそう問いかけてくる。その一方で仁美の真意を測ることができない健太の頭の中はぐちゃぐちゃにこんがらがっていた。 「まぁ仲はいいよね。練習終わった後はだいたい15分くらいダベってから帰ってるよ」  頭が混乱していることを隠しつつ、健太はそう答えた。すると 「じゃあその中で付き合っちゃったりとかもあるのかな?」  ニヤっと笑いを浮かべながら仁美が再び問いかけてきた。野呂が出した連立方程式の文章題をスラスラ解いてしまうような優等生がここまでグイグイと質問を重ねてくることは健太にとってかなり意外に思えた。いくら優等生とはいってもやっぱりそういう話って興味があるのかな?それとも…………。
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