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「あるとは思うけど、よくわからないかな。僕は付き合ってる人はいないけどね」
健太はそう答えた。だが外の夕立も、仁美の質問攻めも、まだ止みそうにない。
「へぇ。彼女いないんだ。モテそうなのにね」
「うるさいよ。僕は、心の底から本当に好きだと思った人としか付き合わないって決めてるの」
やってしまった、と健太は心の中でつぶやいた。仁美に対してうるさいよなどと吐くつもりはなかったのだ。
「あ、気を悪くしたらごめんね。でもさ、そういう考え、とっても素敵だと思うよ」
「そ、そうか?」
仁美から飛んできた不意の褒め言葉に、健太は一瞬たじろいだ。
「だって何て言うか、自分にも、相手の女の子にも、誠実な感じがするから」
「お、おぅ……なるほどな」
健太はそこで言葉を詰まらせた。自分が誠実な人間などと、今まで考えたこともなかった。仁美は相変わらず優しそうな目をしている。だがその一方で、健太はその視線に自身の心の中を透視されているかのような感覚すら覚えていた。そのとき、
「ねぇ、この用具室には伝説があるの。知ってる?」
仁美が思い出したかのようにそう問いかけてきた。
「ちょっとこっち見てみて」
仁美は健太の答えを待つまでもなく、ビート版が立てかけられているキャスターをずらした。今まで見たことのない用具室の壁を前に、健太は思わずクスリと笑ってしまった。そこにはいくつもの相合傘が釘のようなもので彫られていたのだ。
「実はね、うちの水泳部には隠れた伝説があるの。付き合い出した男女がここに相合傘を彫ってもし卒業まで別れなかったとしたら、永遠に愛し合えるカップルになれるんだって」
目をキラキラと輝かせながら仁美がそう告げてきた。優等生で癒し系、そのキャラクターと違った側面の仁美の姿を健太はこの夕立の間でだいぶ見せられている。
「…………並川にはさ、その…………いるのか?」
健太は恐る恐る口を開いた。
「いるって?」
「その……あのさ…………相合傘を一緒に彫りたい相手」
健太は仁美の顔を見ないようにしてそう問いかけた。
「いるよ」
仁美はあっさりと答えた。
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