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やきもきした感覚が続いたある日の夕方、オレはまたミキさんを見かけた。小走りで歩道を進む彼女は薄いピンクのブラウスに茶色のスカートで着飾っている。少し汗をかきながら電話をしていた。
「ごめん、ちょっと遅れるかも。先始めていていいからね」
ミキさんもあんな格好するんだな……って何で熱くなってるんだ、オレ。黄色い帽子を脱ぎ団扇の要領で仰いでいると、車道をトラックが通った。オレはなぜかそのトラックから目を離せずにいた。彼女もそのトラックを目で追っている。トラックなんかがどうして。ふと、彼女を見ればまた眉が下がり、悲しい顔をした。
今日こそは泣かせてやるぞ。ホースを向け、一気に水を放出する。いつもよりも土砂降りになり、地面に水たまりができた。彼女の服が数秒で色が変わったとき、ふと我に返った。おしゃれしてこれから出かけるところなのに。
急いでホースを下ろしたが、すでに遅かった。ミキさんの目の前を今度は車が通り、水たまりが跳ねる。その泥水は彼女の茶色いスカートを汚した。自分から血の気が引いていき、ホースを持つ手が震える。彼女自身は服を絞りながら近くの公園へ向かった。そして、水道でスカートの裾を洗い始める。オレは横断歩道を渡り、ミキさんにゆっくりと近づいた。
「今日は踏んだり蹴ったりだな、もう」
それでも彼女はカラっと笑ってみせる。その表情に胸が痛んだ。
他の人間も彼女も何度も雨を降らせて濡らしたのに。そして、ミキさんは乾かすようにスカートを広げ、近くのベンチに座る。
オレにも何かできることはないのか。ポケットを探り取り出してみると、この前の飴が残っていた。こんなの渡しても意味ないかもしれないが。彼女のすぐ隣にいくつか置き、オレも端の方に座った。僅かな物音に気付き、ミキさんは飴を拾い上げる。そのとき、彼女が口を開いた。
「竜介、そこにいるの? 竜介」
ミキさんは立ち上がり、名前を呼ぶ。それはオレの名前なのか。自分も立ち上がった瞬間、見渡していた彼女にぶつかってしまう。よろけながらも踏ん張ると、オレとミキさんは目があった。彼女が目を見開いたあと、一気に顔が歪み涙は溢れ出てくる。そして、何度も竜介、竜介と言って抱きついた。すると、頭の中に様々な出来事が吹き出すように思い出されていく。
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