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 勉強もろくにできなかったオレはすぐ仕事に就き、毎日車ばっかり洗っていた。最初だから要領も悪くて失敗ばかりで、うっかり通りすがりの学生に水がかかってしまったことがあった。それがミキさん……未希との出会いだった。  未希の通学路で通る度に少しずつ会話していく関係だった。オレの失敗談を聞いたり、彼女の愚痴を聞いたりするだけの中だったが、次第にデートの約束をするような関係になったんだ。  彼女に抱きつかれ、オレは下がりながらゆっくりベンチに座りなおす。彼女は服もそっちのけで膝をつき、オレの腹に伏すように泣いていた。その手には先ほど渡した飴が握られている。見覚えのある状況にさらに頭の記憶が鮮明になっていった。  あの飴が好きと聞いたとき、ちょうど晴れてきたから喜ぶと思って買いに行ったんだっけ。その日は連日大雨続きのあとの晴天だったはず。だから、水たまりも凄くて、オレはトラックのスリップ事故に巻き込まれたんだ。  倒れたオレに未希はすぐ駆け寄ってきてたな。あのとき自分だけ飛び出していったけど、未希は一緒に買いに行きたかったんだろう。未希は顔も服も気にせず泣きながらオレの名前を呼んだ。頑張っておめかししてきてくれたのに、そんなに泣いたら化粧が取れちまうよ。 「早く洗い流さないと……」  オレはホースを未希の真上に向けた。そして、一緒に浴びるように雨を降らせる。それにより彼女はやっと声を上げ泣いた。 「竜介、どこに行ってたの? ずっと会いたかった。もうそばから離れないで」  オレも、と返したかった。しかし、その言葉を飲み込み、彼女をベンチに座りなおさせる。そして、これ以上お互い触れないように離れていった。 「ずっと洗えなくてごめん。今からもっと綺麗に洗い流してあげるから」  なぜか止めるように未希が手を伸ばすが、オレは水の威力を強める。彼女に雨を降らせている間、オレの顔にも水が一筋流れていった。
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