さよならの雨が止んだら

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ポツポツ、と、突然頬を濡らした雨粒は、わずか数秒で大きな雨粒へと変わり、一気に私の着ていた服を濡らした。 午後6時。 仕事を終えて、1ヶ月ぶりの陽平とのデートに向かうタイミングでの夕立は、浮き足立っていた心まで、どん底へと押しやった。 約束は6時半。 一度着替えに部屋に戻ったら当然のことながら7時過ぎになってしまう。 かといって、濡れたままではデートだって楽しめない。 車に乗り込み、濡れた身体をタオルで拭いていると、ちょうど陽平からのメッセージが届いた。 ”ごめん、雨で濡れた。一度帰って着替えてから行くから、少し遅くなる” 突然の憎い雨は、私の着ていたものだけではなく、陽平の着ていたものまで濡らしたらしい。 ここから陽平の会社まではわりと近い。 今、メッセージをくれたってことは、駅に向かって歩いている途中なんだろう。 それなら、外でのデートを取りやめて、お家デートでもいいんじゃない? 私の部屋に来てもらえれば、陽平の着替えだってある。 そうと決まれば、陽平を迎えに行こう。 ”私も濡れちゃって、着替えたいって思ってたところなの。駅まで迎えに行くから、待ってて” 陽平に、メッセージだけ送ると、私はすぐに車にエンジンをかけた。 大きな雨粒は、フロントガラスを激しく叩きつけていく。 こんなんじゃ、駅まで歩くのだって大変だ。 会社で待っててもらった方がよかったのかもしれない。 でも、もう会社を出たのなら、着くまで私のメッセージには気づかないだろう。 駅にたどり着く前に、陽平を見つけられたらいいのだけど。 止みそうにない雨の中、車を走らせていると、陽平が勤める会社の前を通り過ぎた。 そのまま駅方面へと進んで行くと、ひとつの大きな傘に肩を並べて歩くふたりが見えてきた。 車道側を歩く人は、後ろ姿が陽平に似ている気がした。左肩を濡らしながら、隣にいる女性を雨から守るように歩いている。 この雨だ。同僚の女性に入れてもらってるだけかもしれないし、そもそも陽平だという確証はない。 でも、ふたりを追い抜かした瞬間、それが陽平であること、傘を持つ陽平の手を気遣うように、女性が陽平の腕に触れている姿が目に留まった。 少し先に停車し、車を降りると、さっきまでの雨が嘘のように止む。 急に明るくなった空に、陽平たちもお互い顔を見合わせて、傘を閉じた。 傘を左手に持ち直した陽平は、女性の右手を自然に繋ぐ。 その瞬間、恥ずかしそうに顔をあげた女性と、ばっちり目があってしまった。 陽平も、私の存在に気づいたようだったけれど、女性と繋いでいた手を離すわけでもなく、そのまま私の前を通り過ぎていった。 雨で濡れた服が、身体にまとわりついて気持ちが悪い。 久しぶりのデートで、浮かれていたのは、きっと私だけだった。 私が迎えに来なかったら、陽平は遅れても来てくれたんだろうか? たらればなんて、考える必要はない。 今見た現実が、変わることなんてないんだから。 少し先の空には、大きな虹がかかっていて、ほんの少しだけ救われた気がした。
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