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2. クランケ−アイン
「先生、私、傘が嫌いなんです。何が嫌い?という縛りの質問で聞かれたら、必ず傘と答えます。……雨は嫌いじゃないんです。むしろ好きなんです。傘そのものではなく、傘をさすっていう行為が嫌いなんです。……さすだけじゃない。傘を持つっていうのが、生きるのを難しくしているといいますか…。大げさかもしれませんが、傘は恐怖なんです。この考え方おかしいですか?」
「……おかしくありません。大丈夫ですよ。私日本人は雨に神経質になりすぎだ…と感じる時があります。にわか雨が多いイギリスですが、現地人はほとんど傘を使いません。代わりに帽子を被ったりして雨を防ぎます」
「帽子か…。それだと手を使わなくていい。家を出るときから被っていれば、荷物にはならない…!名案ですね!どうも、ありがとうございます!」
トンチのような返しに満足し、患者はそそくさと帰っていく。
……
この患者は、帽子を買うことはない。
多分、帽子のことなど、この病室を出た瞬間に忘れ、また傘を忌み嫌うだろう。
傘を嫌う患者は多い。
彼らは…要は備えるのが嫌いなのだ。
「クランケ・アイン:久保マサル… 抑うつ状況。現時点では復職不可。引き続き投薬治療、隔週カウンセリングが必要…」
患者情報をパソコンに打ち込む。
久保さんは大手メーカーにつとめ1度目の休職、傷害手当がまだ半年間ある。傘に悩む程度なら、期間内での復職に間に合うかもしれない。
備考欄に追記し、即座に窓を開ける。
鬱患者は独特の臭いがある。
汗臭いだけではなく、脳が危険信号を出し、汗にアンモニア臭がまざる。
エアコンや空気清浄機だけでは、換気は間に合わない。
次のクランケとのカンセリングに備え、サーキュレーターを「強」にする。
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