第1章 万能王女と転生ヒロイン

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 ――エヴァ王女とテオ陛下が婚姻について密談された日の晩。  実はわたくし、1人で陛下の執務室へ呼び出されておりました。  王女様は既に(とこ)に就いており、彼女の寝室の扉の前には別の護衛が立っています。  わたくし王女の「唯一」の護衛騎士なんていう大層な肩書を持っておりますが、実は日勤のフルタイム騎士でございます。  夜勤帯は別の騎士が複数人雇われて王女の護衛についておりますので、夜は思う存分休ませて頂いている訳ですね。  なぜかエヴァ王女は、ご自身が眠っておられる間もわたくし一人が完璧に護衛していると信じておられるご様子ですが――わたくしも人の子ですから、普通に6時間は寝たいです。そもそも「絵本の騎士」だって、夜は寝ますよ。 「――ハイド、遅くに呼び出して悪いな」 「いいえ陛下、とんでもないことでございます」 「………………本音は?」 「……そうですね、眠いので長話だけは勘弁して欲しいです」 「お前は本当に、昔から何一つとして変わらんのう……まっこと可愛げのない――」  陛下に命じられるまま本音を話しただけなのですが、大きなため息を吐き出されてしまいました。  ただわたくし、可愛さを追い求めて生きている訳ではないので――「可愛げがない」と評されても一つも胸に刺さらない事が不幸中の幸いでございます。  陛下は気を取り直すように表情を引き締めると、わたくしを真っ直ぐに見据えられました。 「ではハイド、簡潔に話すぞ。――実は、ルディが狙われておるかも知れんのだ」 「はあ、それは……殿方から「女性」として狙われておられるのですか? それともお命のお話でしょうか」 「どっちも! マジやばいんじゃけど……!」  テオ陛下はグッと下唇を噛みしめ、威厳の欠片もないセリフを吐かれました。  そのまま両手の平で顔を覆い、ヨヨヨと泣き真似を始められたので――この泣き真似、エヴァ王女にも受け継がれてしまったんですよね――これはまともに相手すると長くなると思いまして、わたくしは端的に「で、わたくしはどうすれば良いですか」と指示を仰ぎます。  陛下は何か言いたげな表情を見せましたが、こうして独り芝居に付き合っていても埒が明きません。 「お前がやる事は何も変わらん、ただルディを守ってくれれば良い。来週の誕生パーティに……素行調査の結果、動きが怪しいと判断された貴族の子息女ばかり招待しておるのでな」 「つまり、その中から不届き者を探し出せと仰るのですね?」 「うむ。ただ、まさか犯人が1日で尾を出すとは思っておらん。ルディに同性の友人をつくりたいとか、そろそろ婚約を考えているとか――嘘の理由を付けて、皆の滞在時間を延ばすもりじゃ。少なくとも数週間は引っ張りたい、招待状にもその旨は記しておる」  陛下のお言葉に、わたくしはつい感心してしまいました。  可愛い末娘を守るためとは言え――犯人確保のために、他でもないエヴァ王女自身を囮に使うと仰られるのですから。  わたくしは英断だと思いますが、しかし恐らく陛下はこの決断を下すまでに、深く悩まれた事でしょう。 「エヴァ王女の結婚相手探しはどうなさいますか」 「バッ、バカ、そんなもん探さんでいい! 招待したの、結構他国の子息が多いんじゃて――万が一ルディが他所に嫁ぐなんて言い出したらワシ、もう辛過ぎて無理じゃわ……」 「しかし陛下、王女には早く相手を見つけるよう忠言しておられましたよね」 「確かにルディには「絵本の騎士」を諦めて、適当な男と結婚しろなどと酷い事を言ったが……あれはただ、ルディを囮にするなんて教えられぬから――。もちろんワシはあの子との契約を守るぞ、まだ1年と6日も残っておるからの」  テオ陛下は ふんすと、どこか誇らしげに鼻息を出されました。本当にこの溺愛ぶりと言ったら、他の追随を許しませんね。  わたくしはただ「委細(いさい)承知しました」と告げて頭を下げましたが、陛下はどこか憂鬱そうにぼやかれます。 「――どうせ()()、あの子の兄妹のどれかじゃろうの……黒幕は」 「…………陛下が子を平等に愛さぬせいですよ」  わたくしの不敬とも言える指摘に、しかし陛下は「分かっておるよ」と鷹揚(おうよう)に頷かれました。  以前にもお伝えした通り、エヴァ王女は28人兄妹の末娘です。  つまり彼女の上には27人の兄と姉がおりますが……陛下の寵愛を一身に受けるだけでなく、図抜けて優秀なせいで――時に、血の繋がった兄妹からも疎まれる事がございます。  中には他国の間者(かんじゃ)や暗殺ギルドに依頼してまで、エヴァ王女を弑逆(しいぎゃく)しようとお考えの過激な方もいらっしゃいまして。  幸い王女は今も存命ですし、実の兄妹から疎まれている事など全く気付いておられませんが。  テオ陛下は「素行調査の結果、動きが怪しいと判断された貴族の子息女ばかり招待した」と仰られました。  恐らくその調査の最中(さなか)、27人居る兄妹のどなたかの不審な行動に気付いてしまわれたのでしょう。  正直申しまして、王女の身内を相手にするのは精神的にしんどいものがあります。  わたくしは王女の身の安全のために最善を尽くしますが――こんなものはイタチごっこでしかありませんから。  陛下は何だかんだ仰られても、「我が子」が可愛いのです。  その「1番」がエヴァ王女である事は間違いございませんが、しかしその王女を危険に晒したからと言って兄、姉を罰しようとは絶対になさりません。  口頭の注意で――それも「兄妹なんじゃから、仲良くするんじゃよ」程度の注意で済ませてしまうのですから……誰1人として心から反省するはずがないですよね。  本当に困った王族だと思います。  やがて陛下に退室を許されたわたくしは、不届き者の早期発見に努めるため、各地からハイドランジアまでやってくる貴族たちに目を光らせよう――と思っていた次第なのですが。  まさか初めて目にする「怪しい動きのある貴族」のご令嬢が、ヒロインナノヨ伯爵令嬢ほど面白い方だとは夢にも思いませんでした。  果たして幸先が良いのか悪いのか。  とにもかくにも、エヴァ王女と今後も派手なバトルを繰り広げてくれるでしょうから、一時も目が離せません。  わたくし下手をすれば、「不届き者を捕らえる」という重要な任務を(おろそ)かにしてしまいそうですよ。  気を引き締め直さねばなりませんね。
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