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第2章 万能王女と変わり者
――残念ながら、3日前の衝撃的な出会い以来、ヒロインナノヨ伯爵令嬢とはお話をする機会がございませんでした。
しかし、それもそのはず。
我がハイドランジア国民の至宝エヴァンシュカ・リナントカ・カントカ・フォン・ハイドランジア王女の生誕パーティは、もう明日に迫っております。
エヴァ王女がその準備に追われるのはもちろんの事、招待客である伯爵令嬢もまた、パーティ当日に着るドレスの最終調整だなんだでお忙しいのでしょう。
――まあ風の噂では、ヒロインナノヨ伯爵令嬢が王宮勤めの侍女をひっ捕まえて「今すぐエヴァンシュカ・リアイス・トゥルーデル・フォン・ハイドランジアのところに案内しなさいよ!! ハイドランジア城なんてゲームに出てこなかったから、あの女の部屋がどこにあるのか分からないの!!」なんて無茶を仰ったため、王女に対し不敬を働く危険人物であるとして部屋に軟禁されている――とか何とか耳にしたような気もしますが、所詮噂は噂でございます。
「――ハイド様、エヴァンシュカ王女のドレスのご確認をお願いいたします」
今わたくしが居る場所はエヴァ王女の私室。侍女のアメリに声を掛けられ、「はい」と頷きます。
お部屋の中には目隠し用の衝立が立てられ、王女はその中で侍女の手を借りながら、明日のパーティで着るドレスを選んでおられるのです。
――普通このように大々的なパーティでは、数か月前からデザイナーを呼び寄せて「これだ」と決めた型通りのドレスを作成します。
そしてあとはサイズや細かな刺繍、細工の調整のみで済ませる事が多いです。
しかし、エヴァ王女は気分屋さんでございます。
前日になって――いえ、酷い時には当時の朝になって「わたくし、何かが違うような気がするのですわ……!」などと、迫真顔で言い始める事もしばしば。
パーティ用に新しく仕立てたドレスではなく、既に袖を通した事のあるドレスだろうが何だろうが平気で選んでしまわれます。
公式の場で着たドレスを繰り返す着用るなんて、下手をすれば「ハイドランジア王家は財政難なのか?」と疑われかねないのですが……何せこの方、「ハイドランジア国民の至宝」ですから。
カリスマ的お人形さんフェイスと――公式の場では――持ち前の利発さを発揮するため、不思議と許されるんですよね。
――愛って凄い。
たた、招待される側の貴族子女たちは、万が一にも王女のドレスとデザインや色が被らないようにと気を遣って――死に物狂いで王女の仕立てるドレスの情報収集をなさる、なんて話も聞きます。
……それが当日になって、全く違うドレスを選ぶのですから鬼畜の所業にございます。
無自覚に人を振り回される所が天真爛漫で、とても可愛いですね。
「ハイド、どうですの? これならば文句ないでしょう?」
言いながら衝立から姿を現したエヴァ王女。その表情は、期待に満ち溢れておられます。
わたくしは王女を上から下まで、まるで査定するような気持ちになってチェックいたします。そうして大きく頷いてから、にっこりと笑って合否を告げるのです。
「死ぬほど似合っておりません、チャーシューのコスプレですか? 別のものにいたしましょう」
「――まっ、またですの!? でもアメリは褒めてくださいましたわよ!! ねえ、アメリ!?」
「………………ええ、とてもお似合いでございます、王女様」
「ほ、ほら! これで良いのではなくて!?」
「王女様、今アメリは4秒迷いました――4秒もです。そしてあの瞳をご覧ください、ひとつも笑っていないでしょう」
「ウッ……!」
「ご自身に都合の悪い事だけ見て見ぬ振りをなさるのは、いかがなものかと思います。そのような調子では「絵本の騎士」に嫌われてしまいますよ」
「ウゥッ……!」
エヴァ王女は明日19歳を迎えられる訳ですが、かなりの少女趣味をお持ちです。
好きなものはふわふわしたぬいぐるみ、たっぷりのフリル、キラキラ光る装飾にサテンのリボンなど。
従いまして、お好みのドレスもまた少女趣味でございます。
それこそ、10歳未満の女児でも着るのを躊躇いそうな、フリッフリのギラッギラのパンッパンに膨らんだプリンセスドレスを選びがちです。
エヴァ王女は国王の至宝。そしてハイドランジア国民の至宝と称されるほど、類まれなる美貌をお持ちでいらっしゃいます。
正直に申しまして、このような悪趣味なドレスは顔の邪魔にしかなりません。端的に言えば「台無し」です。
フリルもリボンも装飾も最小限に抑えたシンプルなドレスこそ、王女の美貌をより際立たせるアイテムなのですが――こうしてご本人にドレス選びを任せると、いつも残念な事になってしまわれます。
ふわっふわに広がった袖は謎のリボンでチャーシューのようにギュッギュッと縛られ、胸には頭部よりも大きいアホのようなリボン。スカート部分は中に成人男性5人ぐらい入れそうだと思うほどに膨らんで、まるで王女がドレスに丸飲みされているような状態です。
色味もピンクにピンクを重ねてピンク色になったショッキングなピンクで、戦闘力だけは高いと言わざるを得ません。とんだ目潰しアーマーです。
――これは、護衛騎士として黙っていられませんよ。今すぐ、あのドレスの脅威から王女を救出して差し上げねば。
「アメリ、このままでは後に続く予定に支障が出ます。衣装部屋にあるドレスの中から王女様にお似合いのものを持って来てください――心の底からお似合いのものをですよ」
「かしこまりました」
「ああっ、ま、待って、また飾りも何もないストーンとした、つまらないドレスを着せるつもりでしょう! わたくしの誕生日なのだから、何を着たって――……!」
「では、わたくしの誕生日には騎士服を脱いで人前に出る事にいたしましょうか。騎士など辞めてしまいましょう」
「えっ……」
「誕生日なら何を着たって良いと仰るならば、「窮屈な服など着たくない」と思うわたくしの意思を優先したって構いませんよね」
笑顔のまま王女に圧を掛ければ、やがてご理解くださったのか「わ、分かりましたわ、裸だけはいけませんの……」とすっかり意気消沈されてしまわれました。
別に裸になるなんて一言も言っていないのですが、まあ良いでしょう。
エヴァ王女はそれなりにワガママも仰いますが、しかし根気強く話せばしっかりと理解してくださいます。
意外と素直で話の分かる方なのですよ、ドレスの趣味は最悪ですけれどね。
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