第2章 万能王女と変わり者

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 ――陛下の長話が終わると同時に、エヴァ王女はすぐさま「本日は体調が優れませんので、退室させていただきますわ。皆様、心ゆくまでご歓談くださいませ」と告げて美しい礼をしました。  そうしてわたくしに向かって、「早く手を取れ」と言わんばかりに手を伸ばされましたので――せめてこれ以上ご機嫌を(そこ)ねないよう、足早にお迎えにあがります。 「――ハイド、あとでお話がありますの」 「……謹んでお受けいたします」  硬い声色で告げられた言葉に、エヴァ王女の怒りをひしひしと感じます。  まあ確かに、王女以外の女性に愛想を振りまくなど「絵本の騎士」らしくありませんでした。  本当に素で面白がってしまい、行動を誤りましたね。  隣を歩く王女からヴェール越しに刺すような視線を感じながら、わたくしは大ホールを後にしました。  ◆ 「酷いですわ――わたくし一生懸命ご挨拶をしていたのに、ハイドはヒロインナノヨ伯爵令嬢に夢中だったなんて……」  エヴァ王女が今すぐ私室へ戻りたいと仰いましたので、わたくしは王女を連れてお部屋まで戻って参りました。  王女は黒い怪しげなヴェールを取り払い、侍女のアメリを呼び寄せて衝立の向こう側で別のドレスにお着換え中です。 「――わたくしがよそ見をしていたのは、テオ陛下のスピーチ中でしたよ」 「言い訳は結構ですわ! ねえハイド、あなたもしかして――わたくしの護衛が終わったら、次はヒロインナノヨ伯爵令嬢の護衛になるつもりですの……?」 「いいえ、わたくしはもう、護衛騎士を廃業いたしますので」 「本当に? ハイドランジアから出て行ったりしませんわよね……?」  着替え終わったらしい王女が、衝立から顔を出しました。  その表情は不安げで、ひとつも信頼されていない事がよく分かります。わたくしはつい苦笑いを漏らして、首を横に振りました。 「ハイドランジアが一番、居心地が良いですから――エヴァ王女もいらっしゃいますしね」 「……嘘をついたら許しませんわよ。いいえ、あなた相手に諾成(だくせい)契約――書面なしの口約束――だけでは安心できませんわ。今すぐに書面上で、権利義務の関係をはっきりとさせて――」 「エヴァ王女……また血判状でも作るおつもりですか? 物騒ですから辞めてください、指切りにしましょうよ、指切りに」  小指を立てて差し出せば、エヴァ王女は「いつまでも子ども扱いして!!」と余計に憤慨してしまわれました。  幼少期はだいたいこの指切りで誤魔化せていたのに、すっかり賢くなられて――何やら寂しいですね。 「わたくし、アメリと一緒に庭園に行って参りますわ……ハイドはここに居て」 「庭園にですか? ――あそこは一般国民も自由に出入り出来る場所ですよ、さすがに容認できかねます」 「大庭園ではなく、()()()()()庭園ですわ。許可のない者は入れませんし、わたくしの庭なら危険もないでしょう?」  エヴァ王女の仰る庭園とは、テオ陛下が王女のためだけに用意された、特別な庭園でございます。  規模は小さいですが、城入り口の大庭園と同じく四季折々の花が咲き乱れる美しい場所です。  さすが親バカお爺ちゃんですね。  その場所は、基本的には王女とそのお供、そして陛下と――手入れを任された庭師しか、足を踏み入れる事が出来ません。  しかし、だからと言って護衛なしに王宮内を歩かれるのは心配です。  ――何せ今このハイドランジア城には、素行不良の貴族子息女ばかり集められているのですから。 「少しの間で良いから、1人にさせて……――ねえハイド、今年はまだアデルお姉さまからの贈り物が届いていないんですの。あなたが確認してきて、あなたなら、アデルお姉さまから贈り物を受け取って来られるでしょう? 「今年も朝一番に枕元へ置いてくれると思っていたのに、時差のある国へ留学でもされたのかしら」と伝えて」 「……おや、それは嫌味でしょうか?」 「ただでさえお姉さまに(ないがし)ろにされて、その上ハイドはヒロインナノヨ伯爵令嬢に夢中なんですもの! 嫌味の一つや二つ出ますわよ!!」  べ、と小さく舌を出したかと思えば、エヴァ王女はアメリを連れてお部屋から出て行ってしまわれました。  ――とても王女らしくない仕草でしたが、可愛らしかったので今回は大目に見ましょう。  ちなみに「アデルお姉さま」というのは、エヴァ王女のすぐ上の姉の事です。――ええ、彼女の3歳の誕生日に絵本を贈った、諸悪の根源ですね。  とにもかくにも、エヴァ王女はすっかりヘソを曲げてしまいました。  無理やりに後を追ったところで余計に機嫌が悪くなるだけですので……わたくしは言われた通りに、プレゼントの入手を優先いたしましょう。  ――エヴァ王女の護衛につきましては、手足は出せずとも「目」と「耳」ならば付けていられますからね。
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