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「――わたくし、結婚するならハイドのような方が良いのです! ハイドこそがわたくしの理想の「絵本の騎士」なのですわ……! ですがジョーは……ジョーは、剣どころが武器全般を扱えませんの――わたくしの方がよほど強いのです……!!」
「……な、何ソレ、優しいだけのもやし男って事……? 賢いだけのガリ勉キャラ?」
「もっ、もやしだなんて失礼ですわね! ジョーは細く見えて、意外と逞しいのですわ! この前訓練場でこう……お顔の汗を拭うのに、はしたなくも お腹の服をグイーッと上まで引っ張って無理やりに拭うものですから――た、逞しく割れた、お腹筋が……」
「お腹筋」
「……お腹筋が逞しいのですわよ! ですから、もやしではありません! ……でも不思議と武器を持った途端に弱くなるのです、だから騎士にはなれませんの……!!」
力説なさるエヴァ王女に、カレンデュラ伯爵令嬢はぽかんと呆けた顔をされました。
そして呆けた顔のまま、王女の背後に立つわたくしを見やり――また王女へ視線を戻します。
「エヴァ……アンタ結局、ハイド狙いなの? ハイドと結婚したいってまだ思ってる? それともジョーとハイドの2刀流って事!?」
「ち、違いますわアリー! ……いえ、それはハイドと結婚出来れば一番良いのです、それは間違いありませんけれど――でもそれは出来ませんから……いいえ、だからと言ってジョーが「ハイドの代わり」という訳でもなくて……」
「――何なの!? じゃあとりあえず、ハイドは私にちょうだいよ!」
「い、言っておきますけれどね、アリー。貴女だって、ハイドと結婚するのは絶対に無理ですわよ」
「何でよ? 私は王女じゃないし、身分が平民になったって構わないって言ってるじゃあないの。――それとも何!? やっぱり既婚者だからって話!? それとも心に決めた女が居るから!? やっぱり「愛されまなこ」が使えない理由、そのままじゃないのよ!」
「きっ、既婚者……!? それは本当ですのハイド!? どっ、どうしてわたくしに何も言ってくださらないの、酷い――酷過ぎますわ……!!」
「…………落ち着いてください」
つい今しがたまで聞き役に徹していたと言うのに、突然若い娘さん2人に詰め寄られてしまいました。
やはりこのお2人、性格は違えど根本的に似ていらっしゃるのでしょうか。このおバ可愛いところなんて正に。
わたくしは小さく嘆息して、ひとまずエヴァ王女とカレンデュラ伯爵令嬢に席につくよう促しました。
「王女もよくご存じでしょうが、わたくしにそういった相手はおりませんよ」
「――本当に?」
「ええ。……エヴァ王女を差し置いて婚姻を結ぶはずがありません、そういう契約ですから」
「そう――そう、よね、それなら良いのです。……べ、別にあなたが結婚するのが嫌な訳ではないのよ――いえ、やっぱり嫌ですけれど、でもちゃんと祝福するわ。だから……そういうお相手が出来た時には必ず教えてくださいませ、ちゃんとお祝いしたいのです」
真摯な眼差しを向けてくるエヴァ王女に、わたくしは黙って微笑み返しました。王女は本当に素敵な淑女に育ってくれたと思います。
そうしてエヴァ王女と微笑み合っていると、カレンデュラ伯爵令嬢から刺すような視線が送られて参ります。
その目はわたくしに事の説明を求めているようですが……まだまだわたくしの秘密をお教えする訳には参りません。
もしもエヴァ王女の護衛から外されるような事になれば、一大事ですからね。
「――カレンデュラ伯爵令嬢。わたくし、人というのは多少ミステリアスな部分があった方が魅力的だと思うのです」
「うぐっ……わ、私には訳を教えたくないって事!?」
「ええ――今は、まだ」
「……今はまだ?」
「ご令嬢のこと「好き」になってしまった場合は、わたくしも秘密を全て話したくなってしまうかも知れません。先の事は誰にも分かりませんからね」
「――すっ、好き!? そ、そうね! 好きにさせちゃえば良いって事よね!!」
――ひと口に「好き」と言っても、色々な意味がある……という事は黙っておきましょう。
わたくしエヴァ王女だけでなく、カレンデュラ伯爵令嬢の事も愛せそうにありませんし。
ひとまず納得してくれたらしい伯爵令嬢は、気を取り直すように王女を見つめました。
「ええと、それで……ジョーってのがアンタより弱いから、結婚したくないって事?」
「結婚したくないという程では……――で、でも、他にも色々と問題がありますの! ジョーの養父であるヴェリタス子爵が、王家にとってあまり良くない方みたいで……陛下が、ジョーと仲良くする事に否定的なんですの。それにわたくし、まだジョーに王女である事を話せていないのです」
「………………は? 何でそんな事になるのよ?」
呆気にとられた様子のカレンデュラ伯爵令嬢に、エヴァ王女は一生懸命に理由を説明なさいます。
ジョーは明らかに養父に利用されている事。彼を貴族と王家の問題に巻き込みたくない事。
養父のヴェリタス子爵は、もしかすると何かしらの目的をもって、王女に接触しようとしているのではないかという事。
しかもジョーは「エヴァンシュカ王女」の顔を知らず――養父の言いなりになって王女に近付くことを、あまり良く思っていなさそうな事。
それらを伝えると、カレンデュラ伯爵令嬢はしたり顔で何度も頷きました。
「なるほどね。アンタがエヴァンシュカだって事がバレたら、ジョーと友達ですら居られなくなっちゃうかもって話か――」
「そうなんですの。わたくし、いつまでもジョーを騙していてはいけないと思いはするのですけれど……今更どう切り出していいものやら分からなくて――幻滅されるのかしら、絶交かしらと思うと、悲しくて……」
「ふぅん。なんだ、エヴァってばしっかりジョーに恋してるのね……相手がハイドじゃなくて安心したわ」
カレンデュラ伯爵令嬢が安堵したように胸を撫で下ろせば、エヴァ王女は僅かに眉尻を下げます。
しかしすぐに頬を紅潮させると、観念なさったのか小さく頷きました。
「――分かった、じゃあジョーのところに案内して」
「…………え? アリー、どうして――」
「まず私が直接ジョーとエヴァの様子を見て、対抗策を練ろうって事よ! とにかくその、ジョーって「キャラ」を知らないと……攻略法が分からなもの。エヴァ――じゃなくて、「アデル」の友達って事で3人で……いや、ハイドも入れて4人で遊べば良いじゃない!」
「ええ!? そ、そんな急に……ジョーに連絡を入れて、彼の了承を得てからでないといけませんわ」
「じゃあ連絡を入れれば良いじゃない」
「と、当日にそのような事、出来る訳が――親しき中にも礼儀ありですわよ!?」
伯爵令嬢は、苦言を呈するエヴァ王女を意に介した様子が一切ありません。
眉を顰める王女を飛び越えてわたくしに笑いかけると、「私とエヴァはお茶会の準備をするから、ハイドはジョーに連絡よろしくー!」と強引に話を進められました。
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