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再びお2人のカップを茶で満たすと、わたくしは邪魔にならぬよう数歩後ろへ下がりました。
――終始視界の端にジョーのニヤついた顔がチラついていたのは、言うまでもありません。
「では、ジョーの相談事と言うのは……その、プラムダリア孤児院の問題についてですの?」
「そッスね。俺は運よく施設の外に出られたけど、だからって他のガキらを見捨てる訳にはいかんでしょ。それにおじさんの養子縁組断ったら、また孤児院に逆戻りだし……ここで会うったのも何かの縁、王女様なら何とか出来ねえかな~って」
「何とか……出来ない事は、ありませんわ。ただその実態をこの目で見て、確たる証拠集めも必要ですけれど……ですがジョー、スノウアシスタント先生はどうして抵抗を強められないの? お話を聞くに、先生だけはその準男爵に害される恐れがないのでしょう? グッズの製法については、今居る子供達さえ残ればどうにでもなりますけれど……小説は――作家活動だけは、先生ご本人でないと出来ないはずだわ。居なくなられると困るでしょうから、程よく飼い殺しにしようと考えているのではなくて?」
王女の問いかけに、ジョーは困ったような笑みを浮かべました。
「――噂じゃあ、子供らを人質にとられてるんじゃねえかって聞いたッスけど」
「まあ、なんて卑劣な……! そのせいで先生は、準男爵に強く抵抗できませんのね――であれば、わたくしも下手に動く訳には参りませんわ。まず先に証拠集め、それから一気に準男爵の逃げ場を塞いで摘発いたします。……ねえハイド、この件は陛下に奏上しても良いと思う?」
「……思います。子供は国の未来を担う宝です、それを私欲を満たすために使い潰しているのですから――準男爵の行いは、国に弓引くようなものでしょう」
「そうですわよね、良かった。今晩にでも早速、陛下に伝えましょう」
迷いなく言い切ったエヴァ王女に、ジョーは感心したように息を吐きます。
今まで貴族のお嬢様だと思っていたものが、これだけ毅然とした態度で「陛下に奏上を」なんて仰るのですから――「本当に王女様なんだ」とでも思っておられるのでしょうか。
「俺が孤児だって事は関係ないんスか? 孤児の言う事を鵜呑みにして……騙されてるかも、なんて考えない?」
「――何を言いますの? ジョーはジョーですわ。……いえ、これは生まれつき恵まれた地位に居るわたくしだからこそ、言える事かも知れませんわね。ですが本当に、ジョーはジョーなのです。貴方が「何」でも関係ありませんわ、平民でも貴族でも、例えどこかの王子様でもね」
「王子! 王子はさすがにキャラじゃねえなあ……でもそっか、「何」でも良いのか――それ聞いて安心したッスよ」
「……ジョーは? ジョーは、その――わたくしが王女だと聞いて、平気ですの? 王女なら適度に利用してやろうと思う? ……それとも、まだお友達で居てくれる……?」
王女の声は、僅かに震えておられます。お2人の今後に関わる、核心をついた問いかけでした。
わたくしも固唾を飲んで見守っていると、ジョーはしばらく考える素振りを見せた後、屈託ない素敵な笑顔を見せました。
「や、もう友達は無理ッスね」
「えっ……!」
途端に絶望した表情をされる王女の手を取り、ジョーは笑みを消します。
どこまでも真摯な――目つきが鋭く、少々人相の悪い顔。わたくしはその顔を見て、安心いたしました。
ジョーに任せていれば、きっとエヴァ王女は幸せになれるでしょう。
――わたくしは音を立てぬよう、出来る限り気配を消してお2人から更に距離を取ります。
「――俺が男爵位を買ったら、嫁に来てくれる? あ、いや、別に俺が婿養子でも良いけど」
「…………はぇ?」
「俺孤児だけど、ずっと働いてたから結構金持ってんスよね、爵位くらいなら買えると思うんスよ。たぶんエヴァンシュカが贅沢しても破産する事はないかな」
「……じょ、ジョー? 一体、何を――」
「あのだっさいドレスだって、好きなだけつくっても良いッスよ。人前で着るのはナシよりの大ナシだけど」
「だっさい……! ださくないもの! ふりふりふわふわで可愛いでしょう!?」
「可愛いのはエヴァンシュカだけッスよ、ドレスはきつい」
「かわ……ぅぐっ……は、ハイド……ーーーハイド!? どこに行きましたの!?」
「……ハイドさんなら、向こうの方へ歩いてったッスけど? 俺らに気ぃ遣ってくれたんだろ」
「ど、どうしてわたくしに無断で行くのよ! わたくしの騎士なのに、酷いですわ!」
王女の大声は、わたくしのスキルを使わずとも庭園中に響いております。今日も元気いっぱいですね。
「てか「エヴァンシュカ」ってちょっと長いッスね、愛称は何? エヴァ……イブとか?」
「イブ――? そ、それも可愛いですけれど……え、ええと……――ル、ルディですわ」
「ルディ? 何でルディ……あー、「トゥルーデル」から? へー可愛い」
ちゃっかり家族しか使わないような、より親密な愛称を教えるエヴァ王女。
貴族のしきたりに疎いジョーは平然と「ルディ、ルディ」と呼んでいますが、王女は頬を真っ赤にしています。
自分で呼ぶように言っておいて、本当に可愛らしいです。
でもアレ、もしお爺ちゃん陛下の耳に入ったら怒り狂いますよ。――早速今晩あたり、執務室が荒れるのでしょうかね。
「にしてもルディ、何でわざわざお姉さんの名前借りたんスか? いつかバレるかもって思わなかった?」
「……アデルお姉さまは、滅多に人前に出られませんの。お名前が上がる事も、あまりありませんし……それにわたくし、アデルお姉さまがこの世で一番好きなのですわ。どうせ仮名を名乗るなら、大好きな名前を使いたかったの。……スノウアシスタント先生の事を教えて下さったのもアデルお姉さまなのよ。」
「……ああ、なるほど。それで――」
「騙していた事は、本当に申し訳なかったと思いますわ……」
「いや、てか俺正直、ずっとルディの事ただの貴族のお嬢じゃないとは思ってたんスよ。まさかエヴァンシュカ王女だとは思わなかったけど」
「そ、そうでしたの? どうして……?」
「んー……ハイドさんが傍に居たから、ただのお嬢じゃあねえだろうなって」
「え? それ、どういう……もしかしてジョー、貴方以前にハイドとどこかで……?」
――お2人がまだ大事な話をされている途中で大変恐縮ですが、わたくし急遽、新たな職務が発生いたしました。
邪魔にならぬようひっそりと庭園の入口まで下がりましたところ、そこで侍女のアメリが体を張って1人のご令嬢の侵入を防いでいる場面に遭遇してしまったのです。
アメリの見事なカバディ(インドの国技ですよ)に思わず噴き出してしまいましたが、よくよく見ればご令嬢の正体は「どうして今日は私だけ仲間外れなのよー!」と叫ぶカレンデュラ伯爵令嬢でした。
今ジョーと王女は大事な局面を迎えられています、まさか伯爵令嬢に邪魔される訳には参りません。
わたくしはそっと息を吐き出して、アメリに代わって令嬢の相手をする事にいたしました。
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