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わたくしはアメリに王女の茶会の世話を一任して、カレンデュラ伯爵令嬢と対峙いたしました。
彼女は大きな瞳を爛々と輝かせると、元気いっぱいにズビシと指差し確認なさいます。
「――ついに私の魅力に気付いたのね!? 「愛されまなこ」が使えなくたって分かるわよ、ハイドが私にメロメロだって事は!」
「……は~い、こちらへどうぞ~ついて来てくださーーい」
伯爵令嬢の横を通り過ぎてひらひらと手を振れば、「どうしていつもそんな扱いなのよ!?」と憤慨されながらも、わたくしの後をついて歩いてきてくださいます。
彼女は本当に、根本的に性質が素直だと思います。ご自分の欲求に忠実すぎるところも含めて。
カレンデュラ伯爵令嬢を引率しながら向かうのは、招待客が過ごすために与えられた翡翠宮です。
ご令嬢には申し訳ないですが、今日ばかりは王女の邪魔をして欲しくありません。
――そうそう、ご令嬢の「ヒロインアイ」。
あれの効力を試してみたくて、わたくし以前ご令嬢を連れて城の騎士達を見て回った事がございます。
……結果は素晴らしかったですよ、本当に既婚者が相手だと何も映らないのです。
他国出身のカレンデュラ伯爵令嬢が、いち騎士の交友関係などご存じのはずがありません。
それなのに的確に既婚者か否かを言い当てるのですから、スキルの力は本物なのでしょうね。
時には、わたくしの中では「既婚者」だったはずの騎士を見て「攻略度ゼロ!」と叫ぶことがございまして……聞けば離婚なさったばかりで、誰にも言えずに隠していたなんて仰る事もありましたよ。
ええ、あれは本当に申し訳ない事をしてしまったと思いましたね。乾いていない傷口に塩を塗りたくる、酷く残忍な行為でした。
……もう一つ面白かったのが、攻略度ゼロの殿方しか居なかったことでしょうか。
伯爵令嬢は「私はハイドにしか興味ないから! だから他の男とかどうでも良いし! まだ本気出してないだけだし、私が本気出したら全員落とせるし!?」と大層強がっておいででした。可哀そ可愛いですね。
相変わらずわたくし相手に「ヒロインアイ」が発動しないと嘆いておられましたが――ところで、アレを使わずにわたくしを攻略するというお話は、どこへ消えたのでしょうね?
「――ハイド……ねえ、ハイド!」
「何でしょうか」
「もうそろそろ、私と結婚したくなってきたんじゃない? エヴァくらい賢い所は十分に見せたでしょう? あれからエヴァはジョーと良い感じみたいだし、私を選びたくなってきた頃でしょ!」
「……毎回エヴァ王女に、ぎゃふんと言わされていませんでしたか?」
「ぎゃ、ぎゃふんなんて言ってないもの! それに私、そもそも文系だって言ったじゃない! めちゃくちゃ頑張った方でしょ!? ――ていうか、エヴァが変なのよ、アレで転生者じゃないなんて嘘に決まってる、おかしいわ! い、良いから早く旦那になりなさいよ!!」
わたくしは首を横に振って微笑みました。
そして「お断りします」と告げれば、カレンデュラ伯爵令嬢はこれでもかと頬を膨らませます。
気付けば、わたくしと伯爵令嬢の噂はすっかり城内に知れ渡っています。
ご令嬢の声がいつも大きすぎるというのもありますが、王女に命じられて、頻繁に彼女を翡翠宮まで送迎するせいでしょうね。
別に、城の関係者には全く本気にされていないので構いませんが……やはり翡翠宮――他所から招待された貴族子息女達からは、好奇の目で見られてしまいます。
後ろでワーワーと騒いでおられるカレンデュラ伯爵令嬢を宥めながら、渡り廊下を進みます。ここを過ぎれば、もう少しで翡翠宮に差し掛かる――というところで、異変に気付きました。
わたくしは慌てて後ろを振り返り、ご令嬢を庇うように抱きかかえました。
廊下を渡った先に、鬼の形相で花瓶を振り被る女性の姿が見えたからです。腕の中でご令嬢がヒュッと息を呑む音が聞こえましたが、どうか今だけは大人しく我慢していて欲しいと思います。
「――――――どうして庇うの!? その女はエヴァンシュカじゃないでしょう!!」
きたる衝撃に備えていましたが、いつまで経っても花瓶は飛んできませんでした。
わたくしはひとまずカレンデュラ伯爵令嬢を解放して、背に庇うようにして後ろへ押しやります。
そのまま花瓶の女性を振り返ると、やはりそこには鬼の形相をした「王女様」の姿が。
「誰かと思えば貴女でしたか。――――――――ええと……」
「リサよ! イザベラ・ユリウス・ラリサ・フォン・ハイドランジア!! どうしてお前、この国の王女の名前をいつまで経っても覚えられないのよ!?」
「ああー……イザベラ王女でしたか。はい、はい、全部名前みたいな名前の。」
「リサと呼びなさいって言ってるでしょう! あと、「全部名前みたいな名前」って何ですの!?」
イザベラもユリウスもラリサも全部、ファーストネームっぽくありません? どれを覚えて良いのか迷ってしまいます。
彼女は、エヴァ王女の姉君です。
確か下から数えると、4番目の姉でしたかね……5番目だったかも知れません。いや、3番目? とにかく、昔から何かとわたくしに絡んでこられるお方で――苦手な王族の1人です。
わたくしの背後でカレンデュラ伯爵令嬢が「何なのよ、このおばさん……」と とんでもない事を呟いておられますが、事態がややこしくなるだけなので静かにしていて欲しいですね。
わたくしはそっと後ろを振り返って、口元に人差し指を立てました。
ご令嬢はウッと言葉に詰まりましたが、しかしコクコクと頷いてくださったので――きっと黙っていてくれるでしょう。
「それでイザベラ王女、このようなところで何をなさっていたのですか? そこは翡翠宮――招待された貴族の過ごす場所であって、王族の貴女がお気軽に足を踏み入れて良い場所ではないと存じますが」
「……お前にそのような事を指摘されるのは不快だわ!」
「はあ、それはすみません」
わたくしの返事がお気に召さなかったのか、イザベラ王女は手に持った花瓶を床にドン! と乱暴に置くと、ツカツカと大股でわたくしの目の前まで歩いてこられました。
先ほどまで王女が立っていた位置には護衛の騎士が数名控えているようで、どうもここで待ち伏せをしておられたようですね。
――わたくしを待っていたのか、カレンデュラ伯爵令嬢を待っていたのかは現状、分かりかねますが。
何にせよ、人様に向かって花瓶を振り上げるなど穏やかではありません。本当に気性が荒くて、直情的で――嫌になりますね。
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