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「――お前は「エヴァンシュカの騎士」でしょう! 陛下がそう決めたから、わたくし達は大人しく従っているのよ? それなのに最近のお前と来たら、どこの馬の骨だか分からないレスタニア皇国の伯爵令嬢なんかのお守りばかりして――許せませんわ!」
「相当お詳しいじゃあないですか。そこまで素性を把握していらっしゃるなら最早、馬の骨ではないでしょうに」
「う、うるさいわね! いつも人の揚げ足ばかりとって、本当に可愛げのない……!」
「皆さんが勝手に足を上げてふらついていらっしゃるから、わたくしめが支えて差し上げているのですよ」
――わたくし、王族の方から事あるごとに「可愛げがない」と言われてしまいます。
もしもわたくしが己の「可愛さ」に全神経を注いで生きていたとしたら、大変な事ですよ。
「……ね、ねえ、何でこの人こんなに怒ってるのよ? ハイド何かしたの?」
「いいえ、何もしておりませんよ」
「――「何もしない」から怒っているのが、分からないのかしら!? お前はいつも末妹のエヴァンシュカばかり構って、わたくし達には何もしなかった! あの子にはアレコレ教えて、育てたくせに……! お前が居なかったら、エヴァンシュカは「ああ」はならなかったわ! 28人兄妹の中で一番優秀だなんて言われる事もなかったはずよ!」
「――わたくし年功序列を大事にいたしますので、目上の方を教育するだなんてとんでもないですよ」
イザベラ王女は「それなら年上のわたくしを敬いなさいよ!」と目くじらを立ててしまわれました。
慇懃無礼な自覚はあるのですが、やはり生前役者をしていたせいか――上下関係には少々こだわりがございます。
目上の方にあれこれ指示を出すなんてあり得ません、若輩者は先輩方の背中を見て育ち、話を聞いて学び、技を盗ませていただくものです。
先輩が若手に堂々と教えを乞うなどとんでもない事ですよ、気付けば技を盗まれていた……という事はありましたけれど。
「何? もしかしてハイドの事が好きなの? 私と仲が良いからヤキモチ妬いたとか?」
「わたくしがと言うよりは、わたくしの知識がお好き……でしょうね。」
わたくしが生前のアレコレを授けたのは、なんちゃって知識を昇華出来るだけの頭脳をもったエヴァンシュカ王女だけです。
他の王族の方には何ひとつとして渡しておりません、何故ならば皆さんわたくしよりも年上だったからです。
陛下のお陰で比較的自由に暮らせていたのですが、エヴァ王女が頭角を現すようになってからは彼女の兄、姉のうるさい事。
やれ私にも教えろだの、エヴァ王女ではなく自分の教育係につけだの――仮についたところで、きっと誰も王女のようにはなれなかったでしょう。
エヴァ王女はわたくしの中に「答え」がないと知っても、ご自身で考え続けて導き出すだけの能力がありました。
だから何でも教えようと思いましたし、その結果エ万能王女になったのです。
それを、あたかもわたくし1人の責任のように言われるのは不服です。では皆さんの能力はそこまで高いのですか、と。
「エヴァンシュカばかり優遇するだけでも腹立たしいのに――今度はその女を育てるつもりかしら!?」
「いえ、さすがにここまで育ってしまったら……もう」
「もうって何? 何か手遅れみたいに聞こえるんだけど……」
「――とにかく! これ以上わたくし達を蔑ろにするようなら、こちらにだって考えがあるわ! 明日、元々はエヴァンシュカを痛めつけるつもりでしたけれど――その女に変えてやりますわ! 精々明日のパーティには気を付けなさいな、暴漢が紛れ込んでいるかも知れませんわよ!」
オーホッホ! と高笑いしながら横を通り過ぎて行った王女に、わたくしは小さく嘆息しました。
何という事でしょう、白昼堂々と黒幕宣言をされてしまいました。
本当に困ったものです、これも全てテオ陛下が「メッ」で済ませるから悪いのですよ。本気で罰せられることがないと分かっているから、いつも堂々と犯行を示唆してくるんですよね……この兄妹。
どうも今回はこのユリ……いや、ベ……ウサ? あれ、何でしたっけ。
とにかく、あちらの王女様が、エヴァ王女を狙う黒幕だったようです。――いや、これ陛下に報告する時どうしましょう、名前をド忘れしてしまうだなんて困りましたね。
「――カレンデュラ伯爵令嬢、念のため本日はお部屋から出られない方がよろしいかと思いますよ」
「えっ、何? もしかしてさっきの本気の話なの? 脅しじゃあなくて……?」
「本気ですよ、特に明日は気を付けなければいけませんね」
ナントカ王女は姿を消して、護衛の騎士もいつの間にやら見当たりません。それでも念には念を入れた方が良いでしょう。
どうもあの兄妹、エヴァンシュカ王女が気に入らないと言うよりは、単にわたくしと関わりの深い者が気に入らないようですね。
よほど知識を秘匿された事が悔しいのでしょうか、意地悪をしたつもりはなかったのですが……これでは、情報を秘匿して墓穴を掘ったスノウアイスタントを笑えませんね。
――つまるところ、私と関わりすぎたせいで……今回はカレンデュラ伯爵令嬢がターゲットにされてしまった訳でしょうか。
今までそのような絡まれ方をしてこなかったもので、全く気付きませんでしたよ。
これでは王女の事を「悪意に疎い」なんて言っていられません。
てっきり彼らは、万能すぎるエヴァ王女に対する劣等感があるのだとばかり思っていたのに――下手をすれば、今までわたくしのせいでエヴァ王女が危険な目に遭っていたという事になります。
「……――うん?」
「ど、どうしたのよ?」
――であれば、わたくしがお傍を離れる事こそが王女の身を守る最善策なのかも知れません。
幸いジョーという素晴らしい殿方も見つかった事ですし、「絵本の騎士」も廃業間近でしょうか。
きっと王女の兄、姉達も、わたくしが護衛騎士でなくなればもう少し大人しくなると思います。
……正直わたくしでなくジョーが王女の傍に居ると、もっと万能さに磨きがかかって化け物具合が加速しそうですけれどね。
「カレンデュラ伯爵令嬢、明日のパーティ……わたくしがエスコートしてもよろしいですか?」
「えっ!? い、いきなりどうして? 一体どういう風の吹き回し!? これも番外編のイベント!?」
「何やらわたくしと共に居たせいで、ご令嬢が狙われる事は決定してしまったようですし……どうせならこのまま、エヴァ王女の身代わりになって危険に晒されていただけないかと」
「…………正直すぎない!? ――いや、でも……わ、悪くないかも? だってそれって、ハイドが私を護衛してくれるって事よね?」
「まあ、身代わりになってくださるなら最低限の事はいたしますよ」
「――さ、さっき庇ってくれたのも、超 格好良かったし……エヴァのためってのは癪だけど、ちょっとくらいなら手伝ってあげてもいいわよ……」
ほんのりと頬を染められたカレンデュラ伯爵令嬢に、わたくしは何やら胸が痛みました。
明らかに利用されているのに了承するだなんて、彼女、本当にこの先やっていけるのでしょうか――。
とは言えわたくしが言い出した事ですし、身の安全だけは守って差し上げねばなりません。
「――では明日また迎えにあがりますので。お気を付けて」
「え!? 部屋まで送ってくれないの!?」
「……脅威は既に去りましたので問題ないかと思いますよ、わたくしエヴァ王女の元へ戻らねばなりませんし。――王女のエスコートをジョーに頼まなければ」
カレンデュラ伯爵令嬢はぷっくりと頬を膨らませましたが、しかしわたくしが動く気配がない事に気付くと、ズンズンと翡翠宮へ向かって歩いて行かれました。
歩きながら「でも、そういう所も好き!!」なんて叫ばれたのは、聞かなかった事にいたします。
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