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――その日の晩、わたくしはエヴァ王女と共にテオ陛下のもとへ参りました。
王女は、プラムダリア孤児院の問題について奏上しに来たのです。
国の未来を担う子供達を一方的に搾取する悪行、ハイドランジアを豊かな国へと変えたスノウアシスタントに対する脅迫――ジョーのためだけでなはく、国のためにもプラムダリアの問題は解決しなければなりません。
――更に王女は、孤児院の話のついでにちゃっかりジョーのお話もされました。
と言いますか、陛下の方から話を振ってきたんですよね。「ルディって呼ばせてるってホント? まさかルディ、結婚考えてる?」と。
お話を振られた王女は頬を染めて――しかしはっきりと、ご自分の想いを告げられました。どうもわたくしが席を外していた間に、あの庭園でジョーと気持ちを確かめ合えたようですね。
表向きにはヴェリタス子爵の養子という事になっているが、実際はまだ手続きが結ばれていないこと。
現状ただの平民ではあるが、ジョーはいずれ男爵位を買うつもりであること。
エヴァ王女が嫁に行くでも、ジョーが婿養子になるでもどちらでも構わないから、結婚したいと考えていること。
……その時はどうか、婚姻を認めて欲しいということ。
そこまでハッキリとお願いされてしまったテオ陛下は、目をうるうると潤ませながら涙声で「じゃからワシ、引き離せって言うたじゃろ! のうハイド!? 契約期限までまだ10か月と26日あるのに、ルディが結婚しちゃうじゃろ! 酷い!!」と、何故かわたくしに向かって大声で叫びました。
そのままわんわん泣き始めてしまわれたので、わたくしはそっとエヴァ王女の背を押して退室を促しました。
ひとまず廊下で待機していたアメリにお部屋まで送らせようとすれば、王女は心配そうにわたくしを見上げられます。
しかし「わたくしも陛下を説得してみますから、明日のパーティのためにもゆっくりとお休みください」と告げれば、王女は力なく笑ってアメリと共に私室へ戻って行きました。
――そうして1人陛下の執務室へ戻れば、先ほどまでわんわん泣いていたはずの陛下はぴたりと涙を止めて、不貞腐れた表情でわたくしを迎え入れます。
「いい年して嘘泣きはやめてください。エヴァ王女だから素直に信じて心配してくださいますけど……国王がそんな事するの、普通に痛いですよ」
「痛いとか言うでないわ、可愛げのない!」
「可愛げ――ああ、そうだ。本日「黒幕」が告白しに参りましたよ、お名前をド忘れしてしまいましたが」
「ハイド、お前な――お前がそんなだから、ルディが兄妹に苛められるんじゃろ……」
「そうみたいですね、本日そのような事を小耳に挟みまして驚きましたよ。驚愕の事実です」
どうもテオ陛下は、明日のパーティについてお話がしたかったようですね。
ただエヴァ王女が同席していては、黒幕だの犯人だのという話は出来ませんから……大袈裟な演技で王女を下がらせたのでしょう。
全く困ったお爺ちゃんですね。
「ルディもルディじゃが、お前も大概自覚が足りん……――まあ良いわ、それで、名前はダメでも何番目か分かるか? ……兄か姉かくらいは分かるじゃろう? 男とか女とか分かるかの?」
「馬鹿になさってますか? ……姉君でしたよ。――その、下から数えた方が早い、姉君でした」
「も~~~お前、何番目かも分からんの? つら~~~!」
「……下から順番に名前を言ってみてくださいよ、聞けば思い出すかも知れません」
わたくしの提案に、陛下は「嘆かわしいのう……王族に興味なさすぎ問題……」などとぼやいておられます。
仕方がないのです、わたくし生前は純日本人でしたし、カタカナの名前は覚えるのが大変です。
特に王族はクソほど長いですし……いえ、少々口が悪かったですね。
「下から、下から……はあ、まずアデル――「アデルート」」
「――ですから、馬鹿になさってますよね? さすがにその名は忘れませんよ」
「そうかの? いまだにフルネームで言えなさそうじゃがの……えー、次はレア、「カトレア」。それともモネ……「アネモネ」か?」
「…………全部それっぽく聞こえてきましたね」
「も~~~、お前普段何でも出来るのに、何で人名だけポンコツなんじゃ~~~!」
「人名だけではありません、長い国名も苦手ですよ」
「胸を張るな、胸を。――何か他にヒントないんか、このままじゃあ一番上の姉まで行っても答えなんか出んぞ」
「ヒント…………こう……――全部、名前みたいな名前でした」
「……も~~~お前、感性が独特なんじゃて~~分かるかそんなんで……!」
テオ陛下は机に突っ伏してしまわれました。今回ばかりはわたくしに責がありますので、何も言い返せません。
「ああーもう、やめじゃ、やめ。もう良い、ひとまず明日はお前が責任もってルディを守れ。顔まで忘れたとは言わせんからな」
「……エヴァ王女以外あまり記憶に残らないのは、何なんでしょうね?」
「お前マジでいい加減にせんか、もし明日ルディに何かあったらワシ、結構怒るからの」
「ひとまず明日は問題ないです。……わたくしが傍についているのが気に入らないと仰られましたので、別の令嬢をエスコートする事にしました。王女のエスコートは、一時的に噂の「ジョー」に頼んでいます」
わたくしの言葉に、陛下は目を丸められました。
まあ、今まで王女のエスコート役を他人に渡した事なんてございませんからね。それは驚いて当然でしょう。
陛下は数度目を瞬かせたのち、複雑そうな顔で口を開きました。
「ハイド、ルディは「絵本の騎士」と結婚したいんじゃろう? あの若造はお前から見てどうなんじゃ」
「問題ありません。「騎士」らしさはないかも知れませんが……この世の誰よりも有望株です。エヴァ王女には彼こそが相応しい、逃がす理由はありませんよ」
「――それは、「絵本の騎士」よりもか?」
「ええ」
「そうか……お前が言うなら、そうなんじゃろう。――しかし、ワシはまだ認めた訳ではないからの。まずルディを守れるだけの力があるかどうか見極める、話はそれからじゃ。……明日はルディの安全のために特例としてエスコートを許すだけじゃぞ、次はないからの」
あれだけ「結婚しろ」と言っておいて、いざ男を紹介するとコレですからね。
本当に過保護で困ります、ジョーは大丈夫でしょうか……彼、スキルのせいで武器が一つも扱えませんし。
もしお爺ちゃん陛下が結婚の条件で「武闘会に勝ち上がれ!」なんて言い出したら、どうしましょうか。
まさか、エヴァ王女が代打で試合するのでしょうか? ――それはそれで面白そうなのでアリですね。
「プラムダリア孤児院の事は、ひとまず「影」を使ってどうにかする。そっちは安心するようルディに伝えておいてくれんか」
「承知しました」
「あとは、まあ……無理はするなよ。明日は荒れるじゃろうが――怪我だけはせんようにな」
「ええ、程々に頑張ります」
やはり複雑そうな顔をした陛下に見送られ、わたくしもまた明日に備えて休むことにいたしました。
明日は何が起きるのでしょうか。
あのナントカ王女が仰っていた「暴漢」とやらは、どの程度現れるのでしょうか。
……もしかするとヴェリタス子爵も出て来るかも知れませんね、とにかく気を引き締めなければ。
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