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終章 エピローグ
ならず者によって襲撃されたパーティは当然、瞬く間にお開きとなりました。
一連の事件と全く無関係の招待客の皆様には、大変なご迷惑をお掛けしてしまいましたね。
――テオ陛下曰く、ヴェリタス子爵の実子は、熱狂的なエヴァンシュカ王女のファンだったそうです。
数年前から何度も何度もめげずに求婚の手紙を送っていたようですが、陛下はその全てを暖炉にくべておられたとの事。
そもそも彼個人がどうこう以前の問題で、2代前の子爵家当主と王家との間に確執がある以上は、受け入れられるはずもありません。
……まず王女が望むのは「絵本の騎士」で、ヒョロヒョロな貴族のお坊ちゃんなんてお呼びではありませんしね。
そんな過去のアレコレを棚上げして求婚し続けるため、お爺ちゃん陛下は「いい加減しつこい、お前ん家だけは絶対に無理」と子爵家を叱ったそうです。
その事を逆恨みしたのか、父親のヴェリタス子爵はエヴァンシュカ王女を害する方向で陛下に意趣返しをしようと考えたみたいですね。
そうして街のならず者を集めた結果、不思議と王女の傍に合法的に侍れる幸運な護衛騎士――つまり、わたくしに恨みのある者ばかりが集まってしまったようで。
結果エヴァンシュカ王女を害するどころか、一目散にわたくしの元へ駆けて来てしまわれた、という事です。
もちろん黒幕のイザベラ王女――陛下から、忘れぬよう掌に書いておけと言われましたよ――は、ヴェリタス子爵の協力者でした。
子爵家がエヴァ王女を害そうとしている事を知ったイザベラ王女は、「わたくしも末妹を痛い目に遭わせたいと思っていたのよ、手伝うわ」なんて甘言を囁いて――彼らを手駒として都合よく使い捨てるつもりだったようです。
しかし、イザベラ王女は前日に急遽ターゲットをカレンデュラ伯爵令嬢に変更しました。
当日護衛騎士が守っているのがカレンデュラ伯爵令嬢だから、と言い含めておられたようですが――まあならず者からすれば、わたくしさえどうにか出来ればそれで良かったのですから……ターゲットなんて誰でも良かったのでしょうけれど。
イザベラ王女はわたくしを「ちょっと脅せれば良い」程度に考えていたらしく、実行者のならず者が殺意に満ち溢れてわたくしに襲い掛かって行って、どうしたものかと焦っておられたようです。
それであの時、慌てて飛び込んで来たのでしょうね。
――結局、そうして飛び込んで来たせいで自らが黒幕である事を大衆に晒してしまわれました。
お爺ちゃん陛下が珍しく「メッ」ではなく「お前やり過ぎ、しばらく謹慎」と苦言を呈しておられましたよ。
明日は雨かも知れませんね。
◆
――かなり返り血を浴びておりましたので、わたくしは服を着替えてからエヴァ王女のサロンへ向かいました。
あんな事があった直後ですから、気心の知れた者で固まっているのが落ち着くのでしょう。
サロンのテーブルにはエヴァ王女とジョー、カレンデュラ伯爵令嬢がついておられます。
侍女のアメリは入口に立ち、王女が呼ぶたびにお茶の用意をしているみたいですね。
「――お待たせいたしました」
「ハイド! お怪我はありませんの? わたくしあなたが動きを止めた時は、本当に胆が冷えましたのよ……!」
椅子にお行儀よく座っておられたエヴァ王女は、わたくしの姿を見るなり立ち上がって駆けてきました。
王女はそのままの勢いでわたくしに向かって飛びついてきたため、慌てて抱き留めます。
「ジョーのお陰で無傷ですよ、とてもお強い「騎士」が現れて良かったですね」
「う……そ、そうですわね――確かに先ほどのジョーは、素敵でしたわ……」
モニョモニョと話す王女を見下ろして、わたくしは笑みを漏らしました。
しかしそうして抱き合っていると、カレンデュラ伯爵令嬢まで席を立ってこちらへズンズンと歩いてきます。
「ちょっとエヴァ! アンタの相手はジョーでしょ!? ハイドは私のよ!」
「……いいえ、ハイドは誰のものでもありませんわ。ですが強いて言うならば、「わたくしのハイド」です」
「はあ!? 何言ってんの? やっぱ2股狙ってる!?」
「――お2人共、ひとまず座りましょうか。……わたくしいい加減、カレンデュラ伯爵令嬢に「理由」を伝えなければなりませんし」
言いながらお2人の背を押せば、ぱちくりと目を瞬かせております。可愛らしいですね。
「えー、ハイドさん言っちゃうんスか? もうちょい引っ張って、振り回してやれば良いのに……アレッサはそれぐらい痛い目見ないと、改心しないッスよ」
「痛い目って何よ、お黙り平民!!」
そうではないかと思っていましたが、やはり聡明なジョーはわたくしの正体を正しく察していたようですね。勿論、幼い頃に会った事がある、というのもあるのでしょうが。
エヴァ王女はどこか不安げなお顔をしてわたくしを見つめられます。
「ハイド、アリーに伝えても平気ですの? 今後の活動に支障が出るのでは……」
「何を仰いますか、エヴァ王女。わたくしの「絵本の騎士」はもうおしまいですよ、本物が現れたのですから。――結婚をお考えなのでしょう? もう王女の「契約」も終わりですよね」
「そ、それは……そうですけれど」
「――な、何なのよ? 何の話? 私だけ仲間外れにするんじゃないわよ。やっぱりハイドはスノウアシスタントでしたって話!?」
眉を顰められたカレンデュラ伯爵令嬢に向かって、わたくしは腰を折ってお辞儀をします。
「失礼しました。ご令嬢には、まだ名乗っていませんでしたよね」
「名前? え、でも「ハイド」って――」
「ハイドは愛称の一つです。わたくしの本名はハイディマリー」
「…………ハイディマリー……? な、何ソレ、なんか、まるで女みたいな名前……」
「ちなみにフルネームは、ハイディマリー・ラムベア・アデルート・フォン・ハイドランジアと申します」
「……………………ハイドランジア……?」
「エヴァンシュカ……ルディのすぐ上の姉で、一応これでも王女です」
「………………何、言ってんの……?」
わたくしの告白に、カレンデュラ伯爵令嬢は可哀相なくらい顔面蒼白になってしまわれました。
……ええ本当に、若い娘さんの恋心を弄んで申し訳ないとは思っています。
――しかしわたくしそもそも、男だなんて一度も言っていないのですよ。
ご令嬢の勘違いを否定もしませんでしたけれどね。
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