番外編① ヒロインナノヨ伯爵令嬢の前日譚

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 何が辛いって、エヴァンシュカが居ないせいでゲームのシナリオがぶっ壊れてることよ。  この世界のヴィンセントの婚約者は本当にあの白々しい女で、エヴァンシュカの「エ」の字も出てこない。  しかも何度かあの女を呼び出して問い詰めたんだけど、よほど演技が上手いのかそれともマジで知識がないのか……転生者だって尻尾を一切出さない。  ――女の名前? ゲームに出てこないモブ女の名なんて聞いたって覚えられるはずがないじゃない、そもそも貴族の名前、長すぎるのよ。  お陰で私は「ヴィンセント皇子の婚約者を呼び出しては苛めてる悪女」扱い……本当にありえなくない? 私、愛されヒロインなんですけど!?  しかも、エヴァンシュカじゃなくてあのイイコちゃんの皮を被った女しか居ないから……他の攻略キャラの婚約者や幼馴染を、悪の道に唆すヤツが居ないのよ!!  そもそも入学式で変に注目されちゃったから「カレンデュラ伯爵令嬢は危険思想だ」なんて事実と違う噂を流されてて、攻略キャラに近付こうにも避けられまくる! こんなの苛めじゃない!  これも全部あの白々しい女のせいよ……いや、もしかして一番悪いのはこの舞台に立たなかったエヴァンシュカ?  聞いた話じゃあ、ヴィンセントが今の婚約者を決めたのは8歳じゃなくて10歳の頃だって言うのよ。  この時点でゲームと違うし……しかもエヴァンシュカと婚約を結んだ事実は、一度もないらしいの。  それってつまり、白々しい女が転生者なんじゃなくて……この舞台に立ちたくなくて、シナリオ通りに動かなかったエヴァンシュカこそが転生者なんじゃない? 私の洞察力ハンパないわね、探偵になれるかも。  ――つまり私がこんな目に遭っているのは、修道院送りにビビったエヴァンシュカのせいって事ね。  そうして私が考察している教室では、今日も「アホ」なヤツが教壇に立ってドヤ顔してる。 「(上底×下底)×高さ÷2――君達、これが台形の面積の求め方……だ」  キラッと輝く眼鏡を指でクイッと上げた宰相の息子に、クラスの女子から黄色い悲鳴が上がった。 「すご~い!」 「さすが次期宰相ですわ~!」 「台形の面積の求め方だなんて、一体どこで習ったのかしら!?」  ――小学校じゃない? なんて呟きそうになるのを必死に耐える。  教師に数学……いや算数の問題を解くよう名指しされた宰相の息子は、黒板にチョークでカッカッと公式を書いて見事に正解してみせた。  ……そうなの、そうなのよね。私の「辛さ」って攻略キャラが1人も攻略できないことだけじゃないの。  攻略キャラがアホすぎるのが何よりも、本当に、辛い……!!  ちょっと前には皇子が花が受粉する仕組みについて「家庭教師から先んじて教わって……」なんて言って得意げに話してたし、その前は騎士団長の息子が「怪我をした際に傷を放置するのは危険だ、流水でよく洗い流すと治りが早くなるぞ。……目に見えない、とても小さな「菌」というものが存在する事を知っているか」なんて当たり前な事を、まるで「世紀の発見」みたいに話してた。  頼みの綱の教師だって、授業内容がなかなか因数分解まで辿り着かないからず~~っと舐めた授業しかしてないし……いや、たぶん習うの3年生なんだろうけどさ。  もはやギャグよ、こいつら皆ギャグ。  バカみたいに低レベルな事を得意げに話す攻略キャラもギャグだし、そいつらの話す事でバカみたいに騒ぎ立てるモブもギャグ。 「これが台形の求め方……だ(キラッ)」じゃないのよ、キラッじゃ。眼鏡叩き割るわよマジで。  とは言え私はヒロインとして転生した訳だし、キャラを攻略する使命を背負っているんだから……なんとか頑張ろうとは思ったんだけど。  やっぱりエヴァンシュカが居ないせいで何もかも上手くいかないし、空回りするばかり。  深く関われば関わるほど皆から嫌われるし、私の方もキャラのアホさ加減に幻滅するし……何も良い事がないわ。  気付けばレスタニア学院どころか皇国内で「婚約者ばかりに色目を使うブラックリスト令嬢」として名を馳せちゃうし……私が一体何をしたって言うのよ? 私は乙女ゲーのヒロインなのよ?  ――入学して1年が経って、2年が経って……3年生になる頃には、もうすっかり「攻略」なんて諦めたわ。  意地になって主席の座だけは守り続けたけど、愛されヒロインの座は最後まで手に入れられずに卒業を迎えちゃった。  そうして肩を落として実家に帰った時の両親の温かさと言ったらなかったわよ。  悪い噂は届いているはずなのに、2人は私のことを叱らなかった。悪い面を意識的に見ないフリしているかのように、ただただ3年間主席を守って卒業したことだけを褒めそやしたわ。  これだけ後ろ指を差されるようになっても叱られないだなんて……安心するのと同時に、何故か落胆した。  なんだか私のことを本気で考えていないんじゃないかって、不安になったのよね。  だって2人がもっと厳しく、ちゃんと私を育ててくれていたら……ここまでひどいことには、ならなかったのにって思ったの。  私は結局ヒロインとしての目的も失って、結婚する相手も見つからず……人より勉強ができたって、この世界の女性の地位ってそれほど高くないのよ。  だから下手に賢い女性って「可愛げがないから」って煙たがられるのよね。  女は結婚して家を守ってなんぼだから、仕事をするなんてとんでもないことだし。  ――だけど、そうして実家の両親に守られて自堕落に過ごしていた時に転機が訪れたわ。  ハイドランジアの王様から突然「末娘の生誕パーティに出席するように」っていう命令に近い招待状が届いたのよ。  そう、末娘……エヴァンシュカの主催するパーティよ!  なんでひとつも接点のない私に招待状が? とは思ったけど、聡明な私はすぐに気付いたわ。これは同じ転生者であるエヴァンシュカから突き付けられた、挑戦状だってね!!  私はすぐさま隣国へ渡る準備をしたわ。両親からはそんなに早く出発したらパーティよりもかなり前に到着しちゃう~なんて言われたけど、もう居ても立っても居られなかった。  だって、私をこんな目に遭わせた諸悪の根源エヴァンシュカと会えるのよ? 1日でも早く文句を言ってやりたいじゃないの!!  噂じゃあエヴァンシュカも今年19だって言うのに婚約者が居ないらしいし、ざまあみろだわ! どうせ破滅回避に必死で男にうつつを抜かしてる暇もなかったんでしょう……会ったら思いっきり指差して笑ってやるんだからね!!
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