番外編③ ジョーの前日譚

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番外編③ ジョーの前日譚

 ――孤児院とは、国から支援を受けて運営される国営施設だ。  施設としての存在意義・目的は、親や世話してくれる近親者の居ない子供……孤児を収容して擁護するため。  庇護者の居ない子供たちが自立できるまで施設の職員が世話して、ある程度の年齢に達すれば、生活力があろうがなかろうが問答無用で追い出されてしまう――まあそれも仕方のない事だ。  いくら国から援助を受けられると言っても、孤児院の経営は決して楽ではないのだから。  日々の食事は雀の涙ほどで、収容された子供たちはいつも腹を空かせている。  空調設備なんて贅沢品はなくて当たり前、夏は酷暑、冬は極寒に晒される。  孤児相手に仕事を頼みたがるような奇特な商人は居ない。  職員も子供の面倒を見るので手一杯で、彼らが孤児院の外へ働きに出るなんて夢のまた夢だ。  栄養失調義気味で免疫力の低い子供たちはすぐに死んでしまう。  次から次へと死んで……葬式をする金も余裕もなく、孤児院の裏手にある墓地に埋められていく。  もっと金があればな。  そう、金さえあれば飛ぶ鳥も落ちるとは正にこの事だ。  子供たちに腹いっぱい飯を食わせて、吹きさらしに近い立て付けの悪さの扉や窓は、総取り換えだ。  雨漏りする天井の穴も塞いで、何かと不衛生な施設環境も改善できただろう。  毎日風呂に入れたなら、あともう少しだけ毛布があれば、有事の際に薬があれば――。たったそれだけのことで繋げた命が、いくつあっただろうか。  金さえあれば、罪のない子供たちが無為に死んでいくこともなかったのに。  ただ貧乏な家に生まれたというだけで口減らしのために捨てられた子供。  病気や怪我で早くに親を亡くした子供。ヒステリックな親に虐待されて捨てられた子供。体のどこかが欠けて生まれた子供。  ……こいつらが一体、何の罪を犯したというのだろうか。  悪いのは、育てるつもりも覚悟もないのに無責任に産み落とした親のはずなのにな。  ――ふと気付けば赤ん坊になっていた時の絶望と言ったらなかった。  しかも「今世」の両親は生まれたばかりの俺を孤児院に捨て去ったのだから、ダブルでショックだった。  生まれてすぐにも関わらず意識が完全覚醒していること、「前世」の記憶が昨日のことのように思い出されることから、すぐに転生したらしいと気付いた。  気付いたところでひとつも嬉しくなかったが。  前世ではそれほど裕福な家庭に生まれた訳でもなかったが、両親は俺のために何でもしてくれた。  何となしに抱いた俺の「医者になりたい」という夢を後押しするため、父も母も体を壊しながら必死に働いて……ようやく大学院を出て、これから親孝行が始まるという時に健康診断で癌が見つかった。  ――親にじゃない、まさかの俺の胃にだ。  癌細胞は既に全身に転移した末期で、手の施しようもなく終わりを待つだけの状態だった。  正確にはまだ医者じゃなく研修医だったが、これが噂の医者の不養生なのかなんて考えると、つい笑いが漏れた。  先人の残した言葉は偉大だよな。  そこから終わりまでは本当にあっという間だった。そうして気付けばここ、ハイドランジアとかいう国に生まれていたという訳だ。  ◆ 「ジョー! ちょっと見てくれ、帳簿の計算がおかしいんだ! クソ、誰かが着服しているんじゃあないだろうな……」 「……うぃーっす」  ほんの半年前に国から「準男爵」の位を与えられた孤児院の院長に呼ばれて返事する。  普段まともに計算できずに人任せのくせに、金のこととなるとやたら目敏い男なんだよな。  彼は「国からの援助を一切断つほどに施設を盛り立てた」「当時幼かった子供の行いを信じて後押しした結果、ハイドランジア国民の生活レベルを著しく向上させることに一役買った」なんていう功績で、準男爵になったらしい。  どちらも俺が前世の記憶を使って「ズル」した成果だ。  ――奇跡の孤児院プラムダリア。  俺のズルで生み出した前世の商品で孤児院の経営は右肩上がり。  気付けばそこらの貴族の税収を上回り、子供たちの生活どころか孤児院の経営に係るすべての費用を賄えるようになって……かくしてプラムダリアは、いつの間にやら国からの援助なしで運営される奇跡の孤児院と呼ばれるようになった。  10数年前に孤児院の改修を終えて、施設内はかなり清潔で豪奢になった。  建物のどこにも穴は開いていない。飯がある、飲み物もある。毛布も薬もある。  やむを得ず子供を捨てる親は、ほとんどがプラムダリア孤児院を選ぶという。  他の孤児院と一線を(かく)すプラムダリアならば、孤児とはいえ裕福で幸せな生活を送れるのではないかと考えるらしい。  全く見上げた親愛の情だと思うよ。  ……その実態は、年齢問わず子供を歯車のように使い潰すだけのクソ施設だっていうのに。  前世の商品を開発、制作するまでは良かった。  ただ下手に製法を広げて、国の文化レベルをぶち壊してしまうのが怖くて情報を秘匿した。  この国にはこの国のレベルにあった技術者が存在している。俺が調子に乗って商品を開発すればするほど、知識を広げれば広げるほど、彼らの産業を食らい尽くしてしまう。  この世にない商品を作って独占販売している時点で、彼らを食らっている事に変わりはないにしろ――俺の行動によってどう転ぶか分からない未来が怖すぎた。前世の知識、その情報は価値が高すぎたのだ。  そうして俺がビビったせいで――全ての商品をプラムダリアの中で作ると決めてしまったせいで、この場所は腐敗した。  次から次へと懐へ入ってくる金に、目の色を変えた職員。生活が変わり始めたことで調子に乗った子供たち。  抵抗する手段をもたない子供は商品制作の歯車、製法を秘匿するため彼らが卒院するのは死ぬ時だ。  あまりにも酷い扱いを受け続けた子供たちは、思考することを放棄したまま大人になり――歯車として働き続ける。  時に現れる要領のいい者は、使われる側から使う側のクソ職員に格上げだ。  散々稼いで資金は潤沢なはずなのに、プラムダリアで好待遇を受けているのは俺1人だけ。  他の子供には飯も水も毛布も薬も最低限しか支給されない。……いや、本来なら俺でさえ金の亡者と化した院長に殺されていてもおかしくはなかったと思う。  製法さえ分かれば適当なところで俺を殺して、全ての功績を院長のものにしてしまえば済むのだから。  俺がビビッて判断を誤ったせいで院の子供たちの未来が潰れたのに、無責任に死んで終わる訳にはいかなかった。俺さえ生きていれば後で逆転の可能性だってある。  死んで終わると困るから、俺は商品の開発だけでなく小説や演劇のシナリオ作家の仕事にも手を出したのだ。  こればかりは製法がどうとかこうとか言う話ではなく、俺の頭がなければ始まらない商品だから。  お陰で好待遇だが、院長が子供たちの安全を最低限保障するのと引き換えに俺は働き続けるハメになった。  いまだに過労で倒れる子供は居る。  しかし今までムチ打つ虐待紛いの労働環境だったのが、俺が「身近でそんな惨いことをされたら良いシナリオが思い浮かばない」と言っただけでかなり改善されたのだから……俺の存在も、まだ捨てたものではないのだろうと思う。  ――それに、ある程度 活動の自由を認められていれば帳簿に細工して売り上げをちょろまかすことも容易だ。  つい先日体調を崩した子供は、医者にかからないと死ぬだろう。  職員の誰かが彼の体調を気にして金を持たせるとも、医者を呼んでくれるとも考えづらい。  歯車が1つ壊れたところで、孤児院の裏に埋めて終わりなのだから。なら俺が適当な理由をつけて医者を呼ぶしかない。  施設の職員は、外部の人間――医者を呼ぶことで、製法や情報が外に洩れることを危惧している。  だから俺以外の子供が医者にかかるのを良しとしないのだ。  俺の貯金を崩せればそれが一番良いが、残念ながら銀行の取引履歴は院長も閲覧できるようになっている。  いちいち何に利用したのか嘘の申告を積み重ねていくよりも、売り上げをちょろまかすのが楽だと気付いてからは、すっかり常習犯だ。 「――帳簿、どこもおかしくないッスよ」 「……そうか? だが先々月の売り上げよりいくらか下がっているような……こんなことは滅多に――」 「季節商品の売り上げが振るわなかったんで。たまにはこういうこともあるッスよ、お客も飽きてきたんでしょ。そろそろ次の商品開発の頃合いかな」 「おお、次か! それは良い、頑張ってくれよジョー! 孤児院の経営はお前にかかっているんだからな!」 「うぃー。あ、そうそう俺ちょっと腹痛いんで医者呼んだッスわー」 「何?! 体調には細心の注意を払えといつも言っているだろう? よく診てもらうんだぞ」 「サーセン」  新商品をチラつかせると、院長はもう帳簿のことなんてどうでもよくなったらしい。  上機嫌で部屋に戻っていく院長の背中を見送って、俺は体調不良で寝込んでいる子供の元へ向かった。  医者は呼んである、あとは診察・薬の処方をしてもらうだけだ。  ああ全く、奇跡の孤児院だなんて本当に笑える。俺が起こしたのは奇跡でも何でもない。「奇跡」なんてものはそもそも神が起こすものであって、人の手で起こせるようなものではないのだから。
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