番外編③ ジョーの前日譚

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 金の亡者院長に呼び出されて彼の部屋へ行くと、机の上には1枚の書類が置かれていた。  今度は一体どんな儲け話を拾ってきたのか……そんなことを思いながら視線で説明を促せば、院長は意気揚々と語り始める。 「実はつい先ほどヴェリタス子爵が視察に訪れてな!」 「はあ、子爵……お貴族さまが何の用ッスか? ウチは製法やら情報やら秘匿するために、養子は出してねえっしょ」  孤児院の存在意義を問いたくなるような話だが、プラムダリアは商品情報を秘匿している性質上、擁護している子供たちを養子へ出すことができない。  ただ「孤児院」を名乗る以上、そんなことを公言する訳にはいかない。  だから後継者不足の貴族や商人、は知らずに養子を求めてやってくることもあるが……いつも院長が適当な嘘を吐いて断っているのだ。  まさかこの金の亡者が、貴族と共同経営だとか共同開発だとかに踏み切るとも思えない。  この男は後援者に支払う手数料「売り上げの3パーセント」でさえ出し渋り、結果全員と手を切ったのだから。  そもそも後援者が支援してくれなければ、俺の事業が軌道に乗る事もなかっただろうに……恩知らずというか恥知らずというか。 「いやな、ヴェリタス子爵から「誰でも良いから期間限定で養子にしたい」と言われたんだ」 「――期間限定で養子? それはまた……きなくせーな。貴族のゴタゴタに巻き込まれて、最悪死んでも平気なガキよこせってことでしょーよ」 「期間は長くともふた月なんだ、たったそれだけの期間貸し出すだけで、とんでもない額を提示された! この話は絶対に受けたい……」  脳内で金の計算でもしているのか、ニヤつく院長に俺はため息を吐き出した。  どうしてここまで醜悪に歪んでしまったのだろうか。金がないと何もできないが、金があったところでこんなモンスターが生まれてしまっては意味がない。  ヴェリタス子爵とかいう貴族だってろくなものではない、どうせ私利私欲のために子供を食い潰すタイプの人間なんだろう。  そんな貴族の養子になった子供はどうなる? 期間限定なんて言ったところで、生きて帰れる保障はあるのか? 「絶対に製法を洩らすことがなくて、20代ぐらいの男が良い。孤児院の中に仲の良い者が居るヤツなら、それを人質にすれば――そうすれば外で下手なことはできないだろう? 誰が適任だと思う? 1週間以内に返答することになっていて……」  院長の話を聞き流しながら、俺はふと「いつまでこんな生活が続くんだろう」と考えた。「奇跡の孤児院」を作り出した俺が無責任に死ぬことは許されない、とは言えこのまま生き続けたところで、これ以上何ができるだろうか。  息抜き……そうだな、息抜きがしたい。現状を打破する方法はないし、いっそ環境を丸ごと変えて、別の観点から解決策を講じたい。  ――いや、何だかんだ言いながら俺は結局、ただ全部を投げ出したかっただけなのかも知れない。さすがに疲れた。  孤児院内の子供たちの死亡率は劇的に下がった、ただそれは「死なずに生きているだけ」だ。 「……それさあ、俺でも良い?」 「は……? な、何を言い出すんだジョー、そんなことが許される訳が……お、お前に何かあればプラムダリアは……!」 「その子爵は、養子にとったガキを殺すって言ったんスか?」 「そ、それは……」 「なら別に俺が行っても良いじゃねえッスか。俺の人質は孤児院で働くガキ全員、製法を外へ洩らす心配もねえし……ガキらが居る以上、無駄死にする訳ねえっしょ」 「孤児院の子供が人質だなんて、そんな人聞きの悪い……」  ニチャ、と引きつった笑みを浮かべる院長に俺は首を傾げて続けた。 「それに、貴族の養子体験なんて早々できることじゃねえ。小説だってもっと画期的な話が思い浮かぶかもよ?」 「な、なるほどな……それは確かに――そうだよな、賢いお前が貴族に利用されて死ぬなんてヘマをする訳がない……なら口の堅いお前を行かせるのが、一番 安全な気も……」 「その代わり俺が居ないからって、子供に無茶させたらダメッスよ。……大切な働き手なんスから」 「ああ分かってる、分かってるさ! じゃあジョー、お前がヴェリタス子爵のところへ行ってくれるか?」  そうして俺は、半ば自暴自棄になりながら期間限定の養子とやらに出されることになった。  ◆  実際に会って話した結果、やはりヴェリタス子爵は俺を潰すつもりらしかった。  養子をとった理由は、実子の代わりにハイドランジア国の末王女の誕生パーティへ泊まり込みで出席させること。  詳細は聞かされていないが……強制とも言える招待状を受け取ったものの、子爵の実子には「問題」があって出席できないのだそうだ。  問題があろうとも王家からの招待を断る訳にはいかず、大慌ててで養子を探した――というのが表向きの理由。しかしその後に聞かされた「必ず王女と友人になってこい」という命令には笑いが出た。  マナー知らずで孤児の俺が王女の友人になんてなれるはずがない、下手すれば不敬罪で牢屋行きだろう。  この行動がどんな結果に繋がるのかは知らないが、もしかすると王女に個人的な恨みでも抱いているのではないだろうか。  どうも子爵は、孤児どころか自身以外の全てを食い潰すタイプの人間で間違いないらしいらしい。  養子に出たのが俺で良かった……のだろうか。それはまだ分からない。  とにかく俺は誕生パーティ当日に城へ出向いたが、あえて大幅に遅刻した。  俺自身の命、孤児院の子供の命、恨まれてるらしい王女の安全を考えれば、策なしに王女と接触するのは悪手だと判断したからだ。  よく考えてから行動しなければ俺だけでなく、多くの人間が破滅するのではないかと思うと怖くなった。  全部終わりにしたくて……死にたくてここまで来たくせに、結局そんな行動を起こす勇気は出なかったのだ。  登城すれば係の人間に「もうパーティは始まっているから急げ」と荷物をひったくられ、会場へ出向けばパーティは王女の体調不良によりお開きになったところだった。  俺は少し安堵して、扉のところに立っていた騎士……? に、これから俺が過ごす部屋を聞けば、口頭で案内してくれたものの……こんな無駄に広い場所で迷わないはずがない! こちとら生粋の貴族じゃない、生まれながらの孤児だぞ?!  城の中を彷徨い歩いて、気付けばよく分からない庭園に迷い込み――――そこで俺は1人の女性と出会う。  ……「最初の後援者」のあの人と同じ瞳の色をした、やたらとキレイなお姉さんと。
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