第1章 万能王女と転生ヒロイン

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 エヴァ王女に名を問われたご令嬢は、思い切りしかめっ面になってしまわれました。  そうしてわなわなと唇を震わせると、憎々しげに「白々しい女ね!」と吐き捨てます。 「もう分かってるのよ、エヴァンシュカ・リアイス・トゥルーデル・フォン・ハイドランジア! 貴女が転生者だって事は!!!」  ご令嬢の主張に、エヴァ王女は何事か考え込むように俯いて――やがて顔を上げると、迫真の表情で問いました。 「…………テンセーシャーとは、何ですの?」 「とぼけないでよ! 貴女「悪役王女」のくせに、どうして王宮に引きこもったまま外に出ないのよ!? どうせ破滅を回避したかったんだろうけど、でもゲームの舞台にすら立たないのはさすがにやり過ぎだわ!! お陰で私がどんな目に遭ったか……!」  ようやく指差し確認を辞めたご令嬢は、両手を強く握り締めてぷるぷると震えておいでです。  彼女の話す内容のほとんどは理解できませんが、何やら大変ご立腹のようですね。  エヴァ王女は困惑されたご様子で小首を傾げておられますが、それでもご令嬢の会話について行こうと必死に耳を傾けていらっしゃいます。  いつも一生懸命で素敵ですね。 「ここは甘夢――『甘い夢を見るならあなたと』の世界でしょ!? なのに、どうして……こんなのあり得ない! おかしいわよ! 私は、私は……私は乙女ゲーのヒロインなのよ!?」  ワタシワ・オトメゲーノ・ヒロインナノヨと名乗られたご令嬢は、大変取り乱したご様子で頭を掻きむしっておられます。  てっきり、王女相手でも馬鹿正直にぶつかり稽古する、ガッツあるどすこい令嬢かと思ったのですが……もしかすると、単に妄想癖か何かを拗らせた、やばい手合いの令嬢なのかも知れません。  ――そうなると、話も少々変わって参ります。  わたくしが見たいのは王女が身の程知らずな「敵」をザマアする場面であって、王女の身に危険が及ぶ事をよしとしている訳ではありませんから。  バトル観戦の予定を変更して、再び王女の前に体を割り入れるべきか否か。  ヒロインナノヨ令嬢の一挙手一投足を見逃さまいと、彼女の動きを注意深く観察します。 「ええと……そうね、この世界の何がおかしいのか、わたくしに聞かせてくださるかしら?」」 「何が!? 何から何までおかしいわよ! まず貴女、どうして19にもなって婚約者の1人も居ないの!?」 「――ウッ……!?」  ――前言撤回です。  何やら面白くなりそうな気配を察知してしまったため、わたくしはまだしばらくお2人のバトルを傍観する事に決めました。  ご令嬢の鋭い指摘を受けたエヴァ王女は、胸を押さえて「く」の字に曲がりそうなくらい体を前倒しにしておられます。 「いい、エヴァンシュカ・リアイス・トゥルーデル・フォン・ハイドランジア! 貴女は8歳の誕生日を迎えたら、甘夢のメイン攻略キャラーーレスタニア皇国の皇太子、ヴィンセント・レオ・エスピリディオン・フォン・レスタニア皇子と婚約を結ぶの! そして16歳になったら、皇子と一緒に居たいからって、わざわざ隣国のレスタニア学院まで留学してきて……そしてヒロインの邪魔をする悪役キャラでしょう!?」 「婚約――それに、わたくしがレスタニア皇国へ留学……? いえ、そのようなお話は一度も持ち上がりませんでしたわよ」 「だから、そこからして間違ってるのー!! どうして学院に居ないどころか、皇子の婚約者にすらなってないのよ!? 訳分かんないんですけど!」  その後も、ヒロインナノヨ令嬢は土石流のごとき勢いで「この世界のおかしさ」について説明してくださいました。  ……わたくしはもう、お話を聞いているだけでカタカナの多さに眩暈と耳鳴りがして参りましたよ。 「貴女がちゃんと皇子の婚約者になって、私に嫉妬して悪行を繰り返してくれなきゃ――皇子との親密度がひとつも上がらないのよ!! そもそも何故かこの世界の皇子の婚約者は、「悪役」どころかゲームに一切出てこない聖女みたいな女で、私がヴィンセントに近付いたからって嫌がらせするようなキャラでもなかったし! そんな聖女が婚約者で、ヴィンセントが私に目移りするはずもないし!? まず皇子がヒロインに目移りしたのって、婚約者のエヴァンシュカが最低最悪の女で、相手するのに辟易(へきえき)してたからだもの!!」 「最高のハーレム学院生活になるはずだったのに、皇子と婚約者はラブラブで私に見向きしないし、レスタニアではエヴァンシュカの名前すら聞かないし!」 「他の攻略キャラにも皆婚約者なり幼馴染キャラなり居るけど、エヴァンシュカが彼女達を悪の道へ(そそのか)してくれなきゃ、全員まともな女の子でしかないのよ!! お陰様で誰一人として親密度が上がらなくて、攻略出来なかったわ!」 「攻略キャラに近付けば近付くほど煙たがられるし、レスタニアの貴族の間では最早ブラックリスト令嬢よ!? 婚約者もちの殿方にばかり色目を使う尻軽女だってね!!」 「――つまり何が言いたいかって言うと! 貴女が物語を無視して好き勝手に生きたせいで、この世界でヒロインの私だけが割を食ったって事! 今年19の伯爵令嬢なのに、婚約者の1人も居ないし!?」 「だから文句言ってやろうと思って、ハイドランジアくんだりまで探しに来たって事よ! ちょうどウチの伯爵家に、誕生パーティの招待状が届いていたしね!」 「貴女が転生者で、自分の破滅を避けるために行動したのはお見通しなんだから! 本当ならエヴァンシュカって、卒業パーティの日に婚約破棄からの修道院行きだものね!! ふん! 生きてて良かったわね、オメデトウ!!」  ハアハアと肩で息をするご令嬢に、エヴァ王女は困り顔になってしまわれました。  まあ、困惑して当然でしょう。転生者だのゲームだの、悪役キャラだの何だのと一方的に難癖を付けられたのですから。  わたくしは数歩前に出ると、王女に耳打ちします。 「――これはもしや、「ごっこ遊び」というものではありませんか」  わたくしの言葉に、エヴァ王女はまるで天啓を受けたかのようにハッとされました。  王女は深く納得した様子で頷くと、「これが噂の――設定を作り込み、それぞれが役になりきって遊ぶという、アレですわね……!? であれば、全力で「乗る」までのこと……!」などと呟いていらっしゃいます。  ――すっかり言い忘れておりましたが、こちらのエヴァ王女。 「絵本の騎士」関連だけではなく、「友人」関連につきましても著しく知能指数が低下されてしまわれます。こういうところが可愛いんですよね。
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