序章 とある騎士の独白

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序章 とある騎士の独白

 ――このハイドランジア王国には、「王の至宝」と呼ばれるものが3つあります。  まず1つめは、豊かな資源(あふ)れるこの国そのもの。  2つめは、国の柱を支えてくれるハイドランジアの民衆たち。  そして3つめは、28人の子をもつ王の末娘……エヴァンシュカ・リアイス・トゥルーデル・フォン・ハイドランジア王女――いえ、言いたい事はよく分かりますよ。  もう本当に長いので、「エヴァ王女」とでも覚えて頂ければ結構です。  エヴァ王女は、王にとって可愛い末の娘である事を差し引いても――本当に優秀な、素晴らしいお方です。  王の至宝どころか、王国民の至宝と言っても差し支えないでしょう。  輝かんばかりの金色の髪は緩やかに波打ち、腰の辺りまで伸びたそれは枝毛ひとつ見当たりません。  国王譲りの碧眼は深い海のようで――髪と同じ金色の、長い睫毛で縁取られています。  ほっそりとした首筋、コルセットで締め上げられたウエストなどは折れそうで……手足も棒のようで。  湯上りムキ卵のような――ああいえ、白磁のような肌はシミひとつなく透き通り、お餅のような柔肌はモチモチと――……ええ、はい、すみません。  例え話が下手なもので……もう、「やだー超可愛い! お人形さんみたーい!」と思ってくだされば、それで結構です。  ――とにかく、エヴァ王女はハイドランジア国随一の美姫として崇め奉られている訳ですね。  それも、王女の凄いところは見た目の美しさだけではありませんよ。  出生後2週間でハイハイを覚えて、その更に2週間後には喃語(なんご)ながら「としゃま」「かしゃま」とご両親を呼んでおられました。  その1か月後には、つかまり立ちどころか2本の足で歩行して――生後半年を迎える頃には、喃語はすっかり鳴りを潜めて、ご両親を「お父様」「お母様」と呼び始めるという可愛げのなさ。  ……失礼、「聡明さ」の間違いでした。  基本的な読み書きをマスターしたのは3歳、計算は4歳。  5歳の頃には代表的な外国語を2か国語ほどマスターしておりましたっけね。  エヴァ王女ほど「神童」という言葉が似合う童子は他におりませんでした。  何をするにも万能なお方でして、わたくしなどは彼女の事を陰で「エ万能王女」と呼んでいる程でございます。  ――ただしこのエヴァ王女、ご自身がどれほどイレギュラーな存在であるか、まるで理解されていらっしゃらないのが玉に(きず)。  無自覚に万能っぷりを見せつけた挙句「え、このくらいは誰にでも出来るものでしょう?」「何がそんなに凄いのかしら、本当に分からないの……」「わたくしったらまた、何かやっちゃいましたかしら?」なんて迫真のキョトン顔で言われた日には、よくも人の神経を逆撫でしてくれたなオイ、と思う訳です。  いえいえ、わたくしの個人的な感想ではありませんよ? あくまでも一般論です、一般論。  とにかく、エヴァ王女は優秀で――しかも大変お美しい、非の打ちどころのない女性です。  割と頻繁に天然ボケだなとも思いますけれど、その欠点さえも愛らしいお方で……王だけでなく、民衆からも愛されている事は間違いありません。  ――しかしこの無自覚万能っぷりと天然ボケに苛立ちを覚えて、王女を敵視する者もしばしば現れるのです。  わたくしは、エヴァ王女と敵対勢力のバトルする様を見るのが大好物でして。  まあバトルと言いましても、天然ボケの王女様が相手の悪意に一つも気付かない事が多いので――試合にすらなっていない事がほとんどなのですが、それが見ていて愉快痛快で。  ざまぁというヤツですね。……口が悪いですか?  それにしても普段あれだけ優秀なくせに、周りからドロドロに甘やかされて、愛され過ぎた結果なのでしょうか?  どうもエヴァ王女は、人の悪意というものが上手く感じ取れないようなのです。  そういった悪意から守るために、わたくしが存在している訳なのですけれど――。  ――とまあそんなこんなで、エヴァ王女のお話を進めさせていただきたいのですが……物語は、19歳の誕生日を目前に控えられたエ万能王女とその父君、国王であらせられるテオフィリュス・ガウリー・ヴェンデルベルト・フォン・ハイドランジア陛下――――――――――いや、ええ、そうですね。可愛らしく「テオ陛下」とお呼びしましょうかね。  物語は、エヴァ王女とテオ陛下――2人きりの会談から始まります。
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