社畜OLと喋る猫

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 真夏日。  時刻は昼を過ぎた頃だろうか。  私は橋の上から海を眺めていた。  海は太陽に照らされてキラキラと光り、青く澄んでいる。  そのきれいさに思わず吸い込まれそうになった。  ここからはどれほどの高さなんだろう。  もし、飛び降りたら、明日は会社に行かなくてすむかもしれない。  ふっとそんな考えがよぎり、柵に片足を掛けたときだった。 「食べもん持ってへん?」  突然、声を掛けられ、私は肩をビクッと震わせた。  さっき周りを見たときは誰もいなかったのに。  恐る恐る声のした方向に顔を向けると、そこには一匹の猫が佇み、じーっと私を見ていた。  オレンジ色の縞模様が目を引く、明るい毛色の茶トラ猫だった。 「きれい……」  そう呟くと、 「食べもん持ってへん?」 「えっ?」  私は口をポカンと開けて猫を眺めた。  今、この猫喋らなかったか? 「ふっ……」  私は思わず笑ってしまった。  幻聴が聞こえるほど、私は疲れているらしい。  やばいな。 「いや、『えっ?』やのうて。食べもん持ってへんか聞いてるんやけど」  幻聴じゃない。  しかも関西弁だ。  なんだこのファンタジーな状況は。 「ね、猫が喋ってる……」  もしかしたら、夢かもしれない。  そう思い、自分の頬をつねる。 「痛い……」  間違いなく現実だった。 「オウムだって喋るやろ。それと一緒やで」  猫は平然と答えた。  そんな訳あるかい! 「いやいや、全然違いますよ」 「こまかいこと気にしてたら大きくならへんぞ。あっ……」  猫は私の胸を見て、申し訳なさそうに目を逸らした。 「せ、成長は人それぞれやからな……」  私は猫に顔を近づけ、微笑んだ。 「それってどういう意味ですか?」 「ヒイィッ……」  私の笑みを見た猫は小さな悲鳴を上げた。  失礼だな。 「そ、そないなことよりもや!」  猫は大声でそう言って、ピーンと尻尾を伸ばした。  明らかに誤魔化してる。 「食いもんや! 食・い・も・の!」 「残念ながら何も持ってないんですよ」 「まじか……」  猫はガーンと効果音が聞こえそうなくらい表情が暗くなった。 「そんなにお腹減ってるんですか?」 「もう二日も食べてへん」  ぐーっと猫のお腹が鳴った。 「しゃあない」  猫はじっと私を見つめた。  私は嫌な予感がした。 「じゃあ、あんたの家に行くわ」  はっ? 「何でそうなるんですか?」 「食いもん食べるために決まっとるやろ」  猫はキリッとした表情で答えた。  いや、キメ顔でたかられても。 「理由になってませんよ」 「ごちゃごちゃ言ってんと、わしを抱っこして、お前の家まで連れて行ってくれ。腹ペコで一歩も動けへんのや」 「え〜」  そのとき、ぽつりぽつりと雨粒が落ちてきた。  すぐにザァーッと重たい雨音に変わる。  夕立ちか。  天気予報では晴れだと言っていたのに。  私が急いでその場を立ち去ろうとすると、 「ぎゃあー! 濡れるうぅ! ヘルプミイィー!」  猫は叫び声を上げ、ブルブルと震えていた。  うるさい。  私は顔をしかめた。  言葉がわかる分、余計にうるさく感じる。  これ以上関わると面倒くさそうだ。  うん。  早く立ち去ろう! 「ゴラァ! 待ていぃ! この人でなし! 悪魔! 動物愛護団体に訴えるぞ!」  知らんがな。  私は理不尽な猫の怒りにため息をついた。 「何してんですか」  呆れ声で尋ねると、 「あほ! さっき空腹で動けん言うたやろ! ほら、早よ助けてくれ! わしの美しい毛並みが汚れてしまう!」 「もう……」  私はわめき散らす猫に根負けし、自分の家に連れて帰った。
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