社畜OLと喋る猫

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「うわ。何やこの部屋」  猫は私の部屋を見るなり顔をしかめた。  1Kの築三十五年の賃貸マンション。  社会人になって住み始めてから五年になる。  古いが長い間連れ添った分、愛着があるのだ。  文句を言われる筋合いはない。 「小さな部屋ですけど、そんな言い方ないじゃないですか」 「いや、広さやのうて、部屋の汚さを言うとんねん。足の踏み場もないやん」 「それは……」  私は黙り込み、部屋を見渡した。  床に散らばっている服や下着。  テーブルにそびえ立つ資料の山。  そういえば部屋の掃除は長らくしていない。 「仕事が忙しくて、掃除する暇がないんですよ」  私は窓の方に目を泳がせた。 「言い訳やな」 「うっ……!」  猫の言葉が私の胸にグサッと刺さる。  違うんだ。  私の部屋が片付いていないのは社畜生活が全ての元凶なんだ。  そうに決まっている。  だから、そんなダメ人間を見るような目を向けるなあぁ!! 「こんなところ住んでたらそりゃ心も廃れていくはずや」  猫はため息をついた。 「言い方ひどくないですか?」  私の抗議の声を無視して、猫はこう言った。 「ほら、突っ立ってんと掃除しぃ。このままじゃわし、落ち着いて丸くなれへん」  オカンみたいなことを言う猫だ。  私はしぶしぶ部屋の中を片付けた。  ぶつぶつとぼやきながら。 「なんで私が……」 「ほら、気合い入れて掃除せぇ!」  私が片付けをしている間、猫はBGNのように小言を流し続けた。 「猫さんも手伝ってくださいよ」 「こんなか弱い体で手伝えるか!」 「か弱い……」  私はまるっとした猫のお腹をじーっと見つめた。 「せやから代わりにラブリーキュートな応援しとるやろ」  それは応援じゃなくて罵倒だ。 「ふう〜」  部屋は三時間ほどで片付いた。  不思議と気持ちはすっきりとしていた。 「はあ〜、やっと落ち着けるわ」  猫はクッションの上で丸まり、尻尾をふり子時計のようにゆらゆらと揺らしていた。  めっちゃくつろいでるな。 「ほなら次は食べもんやな。カリカリないの?」 「カ、カリカリ?」  私は首を傾げた。  何だそれ。  体をかく道具かな?  そう思った私は猫の背中をかいてやった。 「あ〜気持ちええ。ふにゃ〜」  猫は目を細めた。  よかった。  合ってたみたいだ。 「って! 何しとんの!?」  猫はクワっと目を開き、大声を上げた。  お〜。これがノリツッコミか。 「えっ……、体をかいてあげようかと」 「何で急にそう思うたの?」 「カリカリって、体をかく道具かと思って」 「嘘……やろ。カリカリを知らへん人間が存在したんか」    猫はこの世の終わりのように絶望感に満ちた表情をしていた。  カリカリってそんなに有名なんだろうか? 「まあええ。じゃあなんか他の食いもんないの?」 「え〜と。猫さんが食べられそうなものがうちにはなくてですね……」  猫の目がギラリと光る。  あっ。完全に信じてない目だ。 「嘘つくな! なんか一つくらいあるやろ!」 「嘘じゃないですよ。ほら。飲料ゼリーしかないでしょう?」  私は猫に冷蔵庫を開けて見せた。 「なっ……!」  飲料ゼリーで埋め尽くされた冷蔵庫を見た猫は呆然としてた。 「あんた、女子力どこに落としてん」 「あはは……。飲料ゼリーって便利なんですよ」  私は頭をかいた。  終電まで残業し、クタクタの状態で家に帰り着き、少し仮眠を取った後は始発で出社する。  そんな毎日を送るうちに、食事に時間を割くことが面倒になり、手軽に食べられ、栄養も補給できる飲料ゼリーを買い込むようになった。 「せやからそんな貧弱な体しとんのか」  猫は哀れそうに私の胸を見ていた。  私の眉がピクッと動く。 「どこ見て言ってるんですか。全身の毛むしり取りますよ?」  私がギロリと睨みつけると、 「そ、そんな般若みたいな顔すんなや。かわいらしい顔が台無しやで?」  猫は急に私の足に擦り寄ってきた。  調子のいい猫だ。 「しゃあない。よっしゃ! 今からスーパーに買い物に行こか」  猫はとことこと玄関に向かって歩きだした。 「え〜、嫌ですよ」  私はリビングに寝転んだ。  せっかく家に帰ってきたのにまた外出するのは面倒だ。 「なんやて?」  猫はピタリと止まり、私のところまで駆けてきてカッと目を見開いた。 「グダグダ言いなや! 雨くらい我慢せぇ! わし、腹ペコやねん!」  そして、尻尾で私の顔をペシペシと叩いた。  理不尽だ。 「そんなこと私には関係ないです。嫌なら出て行って下さい。ふあぁ〜」  あ〜。だめだ。  横になったら眠たくなってきた。  私は目を閉じたが、 「食いもん、食いもん、食いもん、食いもん、食いもん……」  猫は呪うようにそう呟きながら、さらに激しく私の顔を尻尾でペシペシと叩いた。  ね、眠れない!  というかこのまま寝たら悪夢を見そうだ。 「あ〜、もう! 行きますよ! 行きますからそのペシペシやめてください! 毛が顔につく!」 「ほんま? 悪いね」  そんなこと思ってもないくせに。  ムッとして猫を見ると、勝ち誇ったように満面の笑みを浮かべていた。  ぐっ。腹立つ!
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