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自分で思っていたより、自分が軽率な人間だったのか。
それともクロエさんの不思議な力かなにかで、判断を狂わされているのか。
この大きな家も、目の前の我妻玄栄という人間も。
すべてが非現実的で、おかしなことを考えてしまう。
腕のなかのちぃちゃんはなにも知らない幸せそうな顔をし、絶えずすり寄ってくる。
自分への警戒心は、もうすっかり和らいでいるように見えた。
「……あの、例えばなんですけど。
毎日ここに通うっていうのは駄目ですか?
うちからここまでは、通えない距離じゃないので」
「それだと、抱きたいときに抱けない」
そう言って、クロエさんは人差し指でちぃちゃんを優しくくすぐった。
抱くという言葉に恥ずかしくなっているのを悟られたくなくて、つい茶化してしまう。
「こんな色気の欠片もない、つまらない身体を抱き締めたいですか?」
「――こんな?」
クロエさんが、ほんの少し眉を寄せる。
主人の異変を感じ取ったのか、ちぃちゃんは腕からするするとすり抜け、どこかへ行ってしまった。
当の主人はそれにかまう様子もなく、眼を細め、意地悪く、冷たく笑う。
「昨日の夜に話してたこと、少し思い出させる」
クロエさんはワントーン低い声でそう言うと、唇のピアスのボールをくるくると緩めて外し、ガラステーブルに置いた。
冷たく小さな金属音が鳴る。
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