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「はぁー……疲れた……。
どうして、立ってるの? 座ったら?」
クロエさんは俺より小柄だけれど、性別としてはクロエさんは男で、俺は女。
力で敵うかわからないし、警戒はまだ解けない。
狼狽える俺にお構いなしに、クロエさんは幼い子供のようにゴロンと寝返りし、使い込まれた真っ赤な革の煙草ケースから煙草を取り出した。
クラシックで重厚感のあるライターの蓋を開くと、耳障りの良い反響音が鳴った。
細い煙草に火を着け、ゆっくりと深く吸い、ゆっくりと一息吐く。
なんてことのない動作だけど、クロエさんがするとスローモーションがかかったかのように、一つ一つの動作が目に焼き付く。
クロエさんが持つ、目の離せない存在感と、どこかにふと消え入りそうな危うさ。
その姿に、幼い頃にどこかで見た淡墨の水墨画を思い出す。
着物を着た、か細い女性の後ろ姿。
その表情は見えないけれど、哀しみだとか憎しみだとか、子どもながらに、そんなものを感じた。
その頃はまだ、哀しみや憎しみなんてものを知らなかったけれど。
あれはどこで見たのか、と思い返していると、クロエさんは何かに気づいたように「ごめん」と小さく呟き、腰から下げた懐中時計の様な物の蓋を開けて、煙草を押し消した。
珍しいデザインの携帯灰皿は、クロエさんの雰囲気にとても合っていた。
「あの、俺の事だったら大丈夫です。
吸ってもらって構いませんから、煙草」
自分に気を遣われたのかと思ってそう言うと、クロエさんは「そう?」と短く返し、また煙草を取り出して火を着けた。
重そうなライターを適当にポケットに戻すと、シャツが捲れて蒼白い腹からピアスが光って見えた。
なんとなく気恥ずかしくなり、目が泳ぐ俺を射るように、クロエさんは見つめてくる。
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