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あずささんが言っていたゲストルームは、予想を遥かに超えていた。
一人で寝るには贅沢過ぎるサイズのベッドには滑らかなシルクのシーツ。
4人暮らしの実家のソファーよりも大きなソファー。
大理石のテーブルに広いバルコニー。
シャワールームまであった。
しかもゲストルームは一室だけじゃなく、他にもあると言う。
「オレの部屋から一番離れたゲストルームだから」
クロエさんはそう言って案内したけれど、そもそもクロエさんの部屋がどこなのかも知らない。
地下のベッドルーム、真っ白なスタジオと真っ黒なリビング。
大理石のバスルームに、ヴィンテージ家具で統一されたリビングダイニングキッチン。
この家には、まだ他にも開いていない扉がたくさんある。
顔を洗いながら昨日、一昨日の事を思い出してみると、たった2日の間の出来事なのに何もかもが目まぐるしくて、すべてが自分に起きた事だと思えなかった。
でもこれは現実で、足元には俺を起こしに来た、ちぃちゃんもいる。
一か月の契約、か――
ちぃちゃんとじゃれ合っていると、若い男の人の声と騒々しい音が聞こえた。
音のする方へ行くと、クロエさんとオレンジっぽい茶色の髪をした男の人がいた。
おそらくカメラの機材を手にして、男の人は「どうしよう、どうしよう」と何度も言いながら、せわしく出したり仕舞ったりしている。
クロエさんはまったく顔色を変えず、手際よくまとめていた。
陽に当たるグラデーションの髪は真っ黒なシャツに映えて、下唇には昨日外したピアスが付けられていた。
ちぃちゃんが足元で鳴くと、目が合った。
「おはようございます…」
「おはよう。
冷蔵庫、見て」
それだけ言うと、2人はバタバタと出て行った。
正確にはバタバタしていたのは男の人の方だけだったけれど。
去り際に、男の人はチラっとこちらを見て、愛嬌のある顔で歯を見せて笑った。
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