二者の契約

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家主の不在に冷蔵庫を開けるのは、どうも尻込みする。 業務用みたいなサイズのステンレスの冷蔵庫が威圧感を(かも)し出してくる。 開けるように言われたし、と言い聞かせて開けてみると、中はキチッと整頓されていた。 クロエさんが食事する姿はイメージしづらい。 お味噌汁を出してくれた時もすごくギャップを感じた。 だけど、冷蔵庫にはガラスの保存容器に入れられたプチトマトやブロッコリー、デパ地下のお惣菜みたいな鮮やかなマリネ。 パプリカとズッキーニと、ローズマリーのグリルチキン。 色とりどりのピクルスは自家製のように見える。 一番下の段を見ると、色々なおかずが盛り付けられたワンプレートご飯にラップがピンと張られ、短い手紙が添えられていた。 手紙には、今日は急遽撮影になってしまったけれど夕方前には帰ること、冷蔵庫に入っているものは自由に飲食して構わないこと、家にあるものは好きに使って構わない、ということが書いてあった。 料理が好きで、バスルームも冷蔵庫もきちんと整頓していて、自分と違ってラップをちゃんとピンと張る人。 お酒を呑んだ時でも、急いでいる時でも、字の綺麗な人。 飼い猫をうちの子と呼んで、恋人みたいな眼をして愛でる人。 それから それから―――― 壊れるように笑う人。 手紙の最後に書かれた「玄栄(くろえ)」の文字を見ながら自分の中にクロエさんを描いてみたけれど、それはなんだか弱々しくて、やっぱり消えていってしまいそうだった。
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