オールドペンフレンド

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 返す言葉もない。自分の身勝手な行動がどれだけ多くの人を傷つけたか、苦しめたか、今一度思い知らされる。  俺は再び、りんを叩いて手を合わせた。目をつぶっても母さんの最期は、まぶたに浮かんでこない。これ以上ない親不孝者だ。 「母さん、本当にごめん。今日は思いの限り弔うから」  呟いてみても、仏壇が何か答えを返すことはない。線香から白煙が、ゆらゆらと立ち昇っている。しばらくりんの残響を聞いてから、俺は数珠をしまって、座布団から立ち上がった。足がかすかに痺れていて、体の衰えを感じた。 「実、俺は何から手伝えばいい?」 「さっきさ、台所に香典返しが送られてきたから、まずはそれが人数分あるかどうか数えてよ。そしたら、あと一〇分で雅之おじさんたちが来るから、俺と一緒に挨拶してね」 「蔑んだ目で見られないかな。親の死に目に、立ち会えなかった俺を」 「さあ、どうだろうね」  淡々と言って、実は台所へと向かっていく。その後ろ姿に、言いたいことをぐっと堪えているのが、見てとれた。俺は申し訳なさを感じながら、後を追っていく。  すると、実は台所のドアの手前で足を止め、「そういえばさ」と振り返った。 「今朝、郵便受けを見てみたら、兄貴に手紙が来てたんだけど」  ドアを開けて台所に入っていく実。だけれど、俺は立ち止まったままでいた。俺にとって、簡単に流せる現象ではなかったからだ。ここ一〇年手紙はおろか、年賀状ですら俺のもとには来ていない。いったい何があったのだろうか。 「差出人は誰だった?」 「確かサトウナミっていう人だったかな。俺全く覚えないんだけど、兄貴誰か知ってる?」  その五文字を聞いた瞬間、俺の脳は記憶を辿りだす。  そして、思い出した。ずっと昔の、だけれど忘れるはずもない名前を。 「なあ、実。今日の七回忌が全部終わったら、俺にその手紙をくれないか?」 「何? 兄貴の知ってる人なの?」 「ああ、ちょっとな」  全身にこそばゆさが走る。実は大して気にせず、紙袋から香典返しを出して並べていたから、覚えているのは俺だけらしい。  しかし、感傷に浸っている場合ではないので、俺は台所に入り、実を手伝った。  外からは、自動車のエンジン音が聞こえてきていた。
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