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居間に足を踏み入れると、色あせた畳の寂しげな匂いが俺を迎えた。八年ぶりに訪れた実家は、年月の分だけ古くなっていて、重ねた年がそのまま俺に跳ね返ってくる。
俺はまっすぐ部屋の角にある、仏壇へと向かった。中央に飾られた遺影は、母さんの姿を俺が記憶しているままに留めている。誰もが心を開くような柔らかい笑顔。だけれど、俺を責めているようにも感じられる。
俺はりんを鳴らして、目をつぶった。叶うことはないが、許してほしいと合わせた手に込める。滑らかな数珠の感触。
どれだけ願っても足りない気がしたが、それでもきりをつけて、手を離す。
正座を崩して振り向くと、弟の実が立っていた。喪服に身を包んで、少し憐れむような目で、俺を見下ろしている。
「兄貴、もう気は済んだかよ」
「ああ、悪かったな。お前には散々迷惑をかけて」
謝罪のつもりで口にした言葉でも、実は気に召さなかったらしい。小さくため息を吐いている。
「本当だよ。兄貴がいなかったから、死亡届の提出から葬儀会社との打ち合わせまで、何から何まで俺たちがやらなきゃいけなかったんだから。一回忌も三回忌も。本当、倒れそうなぐらい、大変だったんだからな」
「そうだな。本当にすまなかった」
「いいよ、謝らなくて。苦労が報われるわけでもないし。その代わり、今日はきっちりと働いてもらうからな」
「ああ、分かってる」と返事をして、俺は再び遺影の母さんを見つめる。天井照明の白い光が、差しこんでいた。
「母さんもさ、ようやく兄貴に会えて嬉しいと思うよ。息を引き取る前まで、剛に会いたいって、言ってたんだから」
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