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可愛い可愛い、俺の恋人(圭人視点)
恋人が可愛すぎるのも考えものだ。
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「吉野、今晩ちょっと付き合ってくれないか?」
さぁ今から家に帰ろうと圭人が腰を上げた瞬間、金原が見計らったかのようなタイミングで声を掛けてきた。
金曜日の夜、同僚からの飲みの誘い。面倒な気持ちもあったが、金原の軽い口調に反してどこか切実な雰囲気を漂わせる目に、これはどうやら話を聞いた方がよさそうだなと察した圭人は誘いに応じた。
以前ならば金曜の誘いなど絶対に断っていた。金曜の夜は圭人にとって特別な日で、想い人の元へ服を届けるという大事な予定が入っていたからだ。だが、今はもうその必要もない。
なぜなら、こっそり服を贈らずとも、着て欲しい服があれば直接本人に頼めばいいのだから――。
二人が向かったのは、会社から二駅ほど離れた全室個室の居酒屋で、今まで何度か来たことがあるが社内の人間に会ったことは一度もない。つまり上司や仕事の愚痴など、人に知られたくない話をするにはうってつけの場所なのだ。
その日も、嫌味な上司や横柄な態度を取る取引先などの愚痴を互いにぶちまけながら酒をあおった。
胸の内に溜まった鬱憤を適度に吐き出したところで、圭人から口火を切った。
「で? 本題は何? ――尊のこと?」
長々とまどろっこしく続く前座を打ち切るように圭人が訊くと、金原は少し驚いてから苦笑し頷いた。
「やっぱり吉野は鋭いなぁ」
「いや、普通に分かるだろ。何年相談役をしてると思ってるんだ。金原が俺をこの店に誘う時は大概、尊のことだからな」
「ははは、さすが吉野。でも本当に感謝してるよ。吉野がいつも話を聞いてくれて……」
「はいはい、それも毎回聞いているから以下略でいい。で? 今日のお悩みは何ですか?」
焼き鳥の串を咥えながら、もはやテンプレ文となった感謝を軽くあしらい先を促す。
金原は躊躇いの間を置いた後、おずおずと念押しするように言った。
「……あ、あのさ、今からすごく気持ち悪いこと言うかもしれないけど、絶対に引くなよ?」
「おっ、そんな前置きするってことはその爽やか王子様フェイスからとんでもないドン引きワードが飛び出てくるってわけだな。はは、すげぇわくわくしてきた」
「からかうなよ。こっちは真剣なんだからな」
「ごめんごめん。それで? 引かれるかもしれないけど言わずにはいられないそのお悩みってなに?」
冗談を真に受けムッとする金原をなだめ、軽い調子で本題に切り込む。
金原はしばらく視線をテーブルの上に彷徨わせてから、ようやく口を開いた。
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