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汗ばんだ髪の上から耳の裏やうなじにキスをする圭人から逃れるように身をよじる。だが、もちろん逃げられるわけがない。
「ははっ、照れてんの?」
「違うっ、本当に嫌がってるんだ!」
「嘘つき。本当は可愛いって言われて嬉しいくせに」
「そんなことな、ぐっ……」
反論は無理やり押し当てられた唇に封じられた。隙間から舌をねじ込み口内をいやらしく撫で回す。嫌なはずなのに、ぞくぞくと背筋に浮かぶ甘い鳥肌を止めることが出来ない。
唇を離すと、圭人はうっとりと微笑んだ。
「もう意地を張るのはやめて素直に受け止めなよ。自分が可愛いことも、可愛いと言われて嬉しいってことも、全部」
「う、うるさい、……っ」
「分からないなら、分かるまでずっと言い続ける。尊は可愛い、可愛い、すごく可愛い、世界一可愛い」
「だ、黙れ……っ」
洗脳のように繰り返される甘い言葉にたまらず、耳を塞ぎたくなった。しかし腕はガムテープで巻かれてどうしようもできない。
「可愛い、可愛い、可愛い、尊はすごく可愛い……――」
無防備な耳に延々と毒のように甘い声で注ぎ込まれる〝可愛い〟に、俺はほとんど正気を失いかけていた。
だからだろう、俺はぼそりと呟いてしまった。
「……俺のこと可愛いって言うのはお前くらいだ。父さんも、母さんも、誰も、可愛いとは言ってくれない」
本当に小さな声だった。呪詛のように繰り返される可愛いという言葉に掻き消えてしまいそうなほどの小さな呟きだった。
しかし圭人はその言葉を聞き逃さなかった。
「ふぅん、そっか、尊はみんなに可愛いって言われたかったんだね。ふふっ、可愛い」
心の吐露まで可愛いと笑われ、顔がカッと熱くなった。
「う、うるさいっ。忘れろ」
「はは、本当に可愛いなぁ。……でも、尊のこと可愛いと思うのは俺だけで十分」
「え?」
小さく呟かれた言葉を聞き返すよりはやく、顎を掴まれ無理やり前を向かせられた。
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