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あの日、私は美しい女を家に連れ帰った。
その日の天気は丁度雪で、朝から途切れなくしんしんと降り積もっていたようだった。風は強くないものの、凍てつくような寒さだった。
その中で、彼女は薄っぺらなTシャツ一枚。交通量の多い路上でへたり込むようにして座っていた。彼女の様子は他の歩行者からしても異常だったようで、皆一瞥しては彼女の横を通り過ぎて行く。小さい子どもの手を引いた母親は足早に遠ざかって行った。
たおやかな黒髪に積もった雪が溶けて水へと変わっていく。それが艶やかな毛束を作っていた。雪は止むことを知らず、私の傘にも乾いた音を落としていく。
どのくらいの時間こうしていたのだろう。彼女は時間感覚も、寒さも、もしかしたら他のどこかの機能も、あらゆるところが麻痺しているのかもしれない。
私は彼女の前で立ち止まった。
顔を上げた彼女を見て、私は美しいと思った。
壊れているものが出せる美しさを彼女は持っていた。そして、私はその美しさを以前にも見たことがある気がした。
私は彼女の氷のように冷たい腕を取り、夜の街を歩いた。その場から移動しても彼女の存在は異様であることに変わりはなく、すれ違う人々は彼女、私の順に凝視していく。彼女のどこに美しさを感じ、ここまで心動かされたのか、私は一心に記憶を呼び起こす。
美しいと思ったもの。幼き頃にビー玉越しに見た夕日。家族で茨城まで旅行に行った時に見た丘一面に広がるネモフィラ。実家の近くの浜辺で輝いていた満点の星空。ううん、そういうのではなくて、なんか、もっとこう、扇情的な何か。それなら、大人になってからの記憶のような気がするけれど、古い記憶が私を呼んでいる気がする。
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