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「何してんの?」
視線の主が法泉清香だということを確認した彰からは、考えるでもなく変な声が漏れた。
「お帰り、もちろん彰くんを待ってたの」
申し訳程度の屋根が玄関前にあるだけの廊下で雨にさらされていた彼女の髪の毛はいくつもの細い束を作りそれぞれからポタポタと水滴を垂らしていた。
ゆっくりと立ち上がり力なく微笑む彼女の頬は腫れ、唇の端が切れていた。
夕立は彼女の血を洗い流し、傷を冷やす。
グレーのTシャツは雨を吸収し色濃くなっており、所々付着している薄い赤黒いシミはさほど目立たない。
それよりも、ずぶ濡れになったことでピタリと張り付いた薄い布は彼女の美しく整った容姿を顕わにし、それがあまりにも艶めかしいことの方が気になった。
「まあ、とりあえず入りなよ」
ため息まじりで、とにもかくにもと玄関扉を開けて入室を促す。
彰の意図などお構いなしに清香はゆったりと移動した。
入ってすぐキッチンになっている玄関は土間も半畳ほどのスペースしかなく大人二人が並ぶと立っていても狭く、身体は否が応でも触れ合う。
お互い雨に濡れて冷え込んでいるとは言え、触れたところだけ熱を帯びたように感じ彰は年甲斐にもなくドキリとした。
そして自分の不甲斐なさを情けなく思うのだった。
「とりあえず、シャワー浴びておいでよ」
彼女の為と言うより自分自身の為の提案だった。
「雨を浴びたから、別にいいよ」
「いや、そういう問題じゃないから。濡れたままだと風邪ひくから。服も洗濯するから籠の中に入れておいて」
清香は両肩を抱くようにして胸を隠す。
「彰くんのエッチ」
言動に反してそこに恥じらいはない。彰はストンと真顔になり次の言葉を探したが上手く言葉が出てこなかった。
そんな彰を見て清香はクスリと笑った。
「冗談よ。それじゃあ遠慮なく」
そう言った彼女は言葉通り遠慮の欠片もなく浴室へと雨水をまき散らしながら進む。
それにしても、と彰は心の中で呟く。
せっかくならもう少し清香のあられもない姿を堪能するべきだっただろうかという卑しくも純粋な後悔の念を抱いていた。
彰は邪念を振り払うように一度頭を振ると服をその場で脱いで、少し開いた玄関の隙間から腕を突き出し絞り上げる。
大してぬれずに済んだズボンと靴下もその場で脱いで、それらをまとめて洗面室に設置された洗濯機の前に置いた籠の中に放り込んだ。
浴室からは一定故に人工的な水音が鳴り響く。
磨りガラス一枚隔てた先に全裸の清香がいる中、彰は気にする様子もなくパンツ一枚の姿のまま棚に置かれたタオルを取るとそれでガシガシと頭を拭いて寝室に向かった。
日没にはまだ早くても部屋の中は暗く彰は電気をつけて、クローゼットの中から清香の洋服を取り出す。
「着替えとタオル、ここに置いておくから!」
しゃがみながら脱衣所に衣服とタオルを置きながら、シャワーを浴びている清香に届かせるため声を張る。
「何か言った?」
水音が止まってすぐガチャリと浴室の扉が開いた。
音に反応するように顔を向けると、あられもない姿の清香が立っていた。
「おまっ、いきなり開けるなよ」
彰は反射的にそう言って顔をそむけるが、脳裏には彼女の裸体をしっかりと焼き付けていた。
いくつもの痣はあれど、それでもメリハリのある彼女の身体は美しかった。
「別にいいじゃない、減るもんじゃなし」
清香のあまりにも堂々とした態度に、彰は目を閉じ悩まし気に眉間に皺を寄せた。
「とにかく着替え置いておくから」
逃げるように戻った寝室でついたため息は外の雨音にかき消されるのだった。
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