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「それで、今回は何があったのさ?」
彰の質問に清香は答えずマグカップに入った温かいココアに口を付ける。
尋問しているわけではないが清香の態度は急にモジモジとし始め、その様子を見た彰はそれ以上追及するのを諦めた。
もっとも諦めるまでもなく彰は彼女に何が起き、何を起こして今ここにいるのか容易に想像できていた。
これ見よがしにため息をつく。
その様子を見た清香は何かを言おうと彰に視線を向けるが、結局また俯いて口を噤んだ。
「今更隠すようなことじゃないでしょうが」
苛立ち、というより落胆に近い感情が彰を支配する。
「だって、彰くん怒るでしょ?」
上目遣いの清香の視線を受けてこんな状況であっても彰は頬を赤らめてしまう。
「別に怒らないよ。それとも清香は僕に怒ってもらいたいの?」
フルフルと首を振る清香を彰は見つめる。
「今度はちゃんとできると思ったんだけどな――」
清香から漏れ出た言葉は彰に対してと言うより、独り言に近い。
「今回の彼氏は付き合って何か月だっけ?」
あくまで平然を装うようにしているが、口調はいつもより速い。
「えっと、確か二か月くらいだったかな」
「二か月じゃなくて三か月だろ」
彰はボソリと呟く。
「え? なに?」
「どうしてあんな奴と付き合うかな」
今度はハッキリと呟く。
「あんな奴なんて言わないでよ。コウ君もいい人だったんだよ?」
コウ君というのは清香の彼氏だ。
「最初は。だろ?」
「そんなことないよ、たまに機嫌が悪いとちょっとあれだけど、普段はちゃんと優しかったもの」
優しかったと過去形になっている時点で清香にも自覚はあるはずなのに、それでもこの期に及んで彼氏のことを擁護する清香に彰は苛立ちを禁じ得なかった。
「普段ってどうせパチンコで勝った時とかだろ?」
「違うよ、パチンコで勝った時は私の好きなコンビニスイーツ買ってきてくれてたし」
「パチンコで勝った時でコンビニスイーツって!」
彰はハンッと鼻で笑った。
「そもそもパチンコの軍資金だってどうせ清香のだろ?」
「あ、うん。まあ、そうだけど。でもコウ君は夢があって働いている時間ないからしょうがなかったんだもん」
「バカじゃないの? 夢とかあるならパチンコなんかしてないでそのために行動しろって話だし」
「違うのよ、ほら何事も休養期間って必要じゃない?」
いつものことだが埒が明かないと彰は思ってもう一度ため息をついた。
どうしてこう清香はろくでもない男とばかり付き合うのだろうか、と目の前にいるはずの彼女との距離を感じて彰は肩を落とした。
「僕と付き合ってくれればいいのに」
彰のボソリと呟いた時、耳をつんざくような雷鳴が轟いた。
しまったと彰は思っていた。
もともと漏れ出た本心であって伝えるつもりのなかった言葉なのだ。
大きな音の反動で静まり返ったように感じる部屋で清香と視線が絡み合う。
どう誤魔化そうかと思案する彰の額にはジワリと汗が浮き上がった。
「ごめん、なんて言ったの?」
清香の問いに彰はハッと我に返った
「いや、なんでもない」
自分の失言が清香に届いていなくて良かったと胸を撫でおろすのだった。
「それで、僕は何をすればいい?」
気を取り直して彰は清香に問いかける。
「あ、えっと、いつものお願いしていい?」
やっぱりかと彰は思っていた。
そもそも清香が彰を訪ねる時はたいてい事後なのだ。
「せめてさ、ことを済ませる前に助けを求めろよな」
「うん、ごめんね」
しょんぼりした彼女を見て何度目かのため息をついた彰は彼女の頭をポンポンと叩いた。
これが彰のできる精いっぱいだった。
「とりあえず、清香ん家に行くぞ」
「うん、ありがとう」
頬を赤らめ清香はそう言った。
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