0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
1月の冷たく澄んだ風が私の頰を撫で、鋭く尖った針で刺されたようなピリッとした痛みを感じた。
はあっと白い息を吐き、しもやけで真っ赤になった手を温める。
ふっと上を見上げると、そこには、真っ青に澄んだ美しい空が広がっていた。
まるで、水色の絵の具でベタ塗りしたような、なんの隙もムラもない青色に染まったその空が、私には逆に恐ろしく思えた。
私は今、ボロボロに寂れた駅舎に突っ立っていた。
15年前、中学の友達とワイワイ喋りながら歩いた、あの小さいながらも人の笑顔と温もりが溢れていた駅の姿は、もう、影も形もない。
いつも、私と友達のくだらない話を聞いて優しげに微笑んでいた車掌さんも、「若い子を見てると元気が出るわねぇ」と言って、ニコニコ笑っていた近所のおばさんも、学校で習った歌を楽しそうに歌いながらキャッキャと笑い、ホームを駆け回っていた小学生も、もう、誰もいない。
私はもう一度、「はあっ」と息を吐き出した。
対して大きな音を出したわけでもないのに、私のため息は、冬の寒空に反響して響いた。
それほど、ここにはもう、なんの音も声も存在しないということか。
そんなことを考えていると、ふいに、どうしようもない切なさが胸に押し寄せてきて、目の奥が熱くなってきた。
……悲しい。すごく、悲しい。
切ないなんて表現できるほど、大した感情でもない。
ただ、「悲しい」っていう、幼稚で小学生みたいな単純な感情が私の体をむしばんでいた。
そのとき、バサバサっと、翼をはためかせる音がした。
そっと振り返ると、一匹の鳩が、今にも崩れそうなほどボロボロに腐りかけている、木の柱の前に止まっていた。
……なんだろう。
なんか、気になる。
いや、別に、なんの変哲もない鳩が飛んできて私の前に止まったっていう、ただそれだけなんだけど。
でも、なんか、胸がドキドキする。
あたり一面何にもなくて、人っこ一人いない、寂れた空間に、唐突に現れた鳩。
なんだかこれは、私へのメッセージのように思えた。私は、何かに引き寄せられるように、その鳩の元にふらふらと歩いた。
その柱の前に行くと、鳩は、ぶるぶるっと羽を震わせ、さっと飛んでいってしまった。
「あ、ちょっと…」
私は鳩の方に力無く手を伸ばし、「なんなのよ」とつぶやいてそっと柱にもたれかかった。そして、何の気無しにその柱を見つめて…
「あ、そうだ」
そうだ、この柱は…私が、幼馴染のカナと一緒にもたれかかって背比べをしては、頭のてっぺんが触れたところに印をつけていた柱だった。
「懐かしいな…」
そっと微笑んで、私はその印を指でなぞる。「カナ、7さい、110cm」「ユイ(私)、12さい、152cm」「カナ、14さい、157cm」……
「あれ?」
私とカナの背比べは、もう14さいで終了したはずなのに、その上に、さらに、印がつけられていた。そこには…
「カナ、29さい、165cm」
と、細くてカクカクした字で書かれていた。
まさか……。カナも、最近、この街に帰ってきたのか?社会人になって、お互い東京にでて、すっかり疎遠になっていたカナが、今も…。
「カナ…」
私は、涙がこぼれそうになるのを必死で堪え、体を震わせた。カナは、今も、この街に時々帰ってきているのかもしれない。この寂れた街に、駅に、戻ってきては、昔に静かに思いを馳せているのかもしれない。私と同じで……。
この柱につけられた印は、カナからのメッセージのように思えた。また会いたいね、昔みたいに笑い合いたいねっていう、カナのメッセージに。
「そうだね、カナ」
私は目に溜まった涙を拭い、そっとつぶやく。そして、ちょっと笑って柱に印を彫った。
「ユイ、29さい、162cm」
最初のコメントを投稿しよう!