一緒に帰ろう

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一緒に帰ろう

「エリス、今日はカールソンさんの所から回るよ。」 「はい。」 「今日の荷物は重いから気を付けるんだよ。」 「体力には自信があります!」 「ハハ、頼もしいな。」 セドリックの婚約者に選ばれた次の日、城からの帰り道に崖から落ちて死んだ日から3年。 私は今、エリスとして医師の付き添いをしている。治療で特に何か役に立てるわけでもないけど、軟膏やちょっとした薬なら薬草を使って作れるしね。薬師でもないけど調合は負けないわ。 薬草摘むのもお手のものよ。 それにしても。医師って儲かるものだと思ってたけど、そうじゃないのね。治療費も薬代も払えない人が多いし、いつもカツカツ…。 患者がお金持ち相手じゃないからって事もあるけどね。 ここは低所得者の町だから…。 「エリス、カールソンさんには消毒薬を持っていくだけだから、先に行ってなさい。」 「はい!」 「迷子にならないように。」 「私はこの街に3年もいるんですよ。さすがに迷いません!」 って言ったけど…初めて行く住所だからちょっと自信がない。赤い屋根の棟続きのお家だから表札を立ててくれてない所は判断が難しいのよね。 「アンドラ…メープル通り5ー8ー2A…ここだわ。」 コンコン 「エリスです。コイル先生から頼まれた薬を持ってきました。」 「……」 出てこないわ。もしかして倒れてたりしたらどうしよう。 「ごめんなさい。入りますね。」 いないのかな? …ていうか、人が住んでる様子がないわ。ベッドもないし。 「…リズ」 「え…?」 「エリザベスだろう?」 「……」 「やっと見つけた。」 アンドラさんの家にはセドリックがいた。 ううん、そんな訳がない。似てる人よ…。 黒い髪 青い瞳 クールな目元 珍しくても似てる人なんて探せばいるわ。 「私はエリスです。貴方はアンドラさんですか?」 「…違う。セドリックだ。」 「では、アンドラさんはどこに?」 「…何故嘘をついた?」 「…何の事ですか?」 「侯爵は知ってる。どこにいるのか探さなくても、生きてる事は知ってるんだ。」 「……」 「探さないのは、これがエリザベスの意思だからだ。」 「陛下に聞いて知ったの?…どうやって私を見つけたの?」 宛もなく探したって見つかるはずない。 「コイル先生がタイタン先生に言ったんだ。『おそらくエリザベスがいる』って。」 「コイル先生が?」 「やたらと毒草に詳しくて、年中長袖を着てる寝癖だらけの女の子がいるって。」 医師だもの、どこかで繋がりがあるかもしれない…って何で考えなかったんだろう。 「…もう俺は王太子じゃない。ルーシーとも婚約はしていない。だだのセドリックだ。」 「何を言ってるの…、そんな簡単なものじゃないはずよ……」 「すぐには無理だった。ずっと頼み続けていたら、兄上が協力してくれた。父上に頭を下げてくれた。俺と一緒に。」 「じゃあ、貴方は何をしているの?」 「これからの希望としては、ミリオン侯爵家に養子に入る。エリザベスが俺と一緒にいたいと言ってくれたら…の話だ。」 「駄目よ。迷惑になる。」 「大切な者を護る、それは自分の生い立ちから逃げる事を言うのか?」 「違うわ。…でも、どうしたらよかったのか解らなかった。『私はモモホシクズを売った子です』って貴方に言おうと思った事もあったの。そうすれば私は選ばれる事はないもの。でも、知られたくなかった。」 「どうして?」 「貴族なんて何を考えてるのか解らないわ。今日友達でも、出自を知れば私といる人は何人残ると思う?」 私は身分差がどういうものか知ってる。ゴミのように扱われる。 「俺もいなくなると思ったのか?」 「そんな人だと思ってた訳じゃないけど、怖かったのよ。」 「そうか。」 「……」 朝日が入る窓が1つ。そこから外を見ながらセドリックが言った。 「……もうモモホシクズは咲いてないな。」 「そうね。季節は終わってしまったから…。」 どこにでも咲く花だって、いつでも咲いてるわけじゃない…。 「昔ヘアピンを贈ったのは憶えているか?『渡せ』と言われるままに渡したものだ。」 「憶えてるわ。」 「その後、俺が自分で選んだ物を渡そうとした。憶えてるか?その時リズ自身が言った言葉。」 「『好きな人に渡すのがいい』…?」 「これはリズのだ。」 セドリックがポケットから取り出したのは、あの時の紙袋。 「受け取ってくれないか?」 「…これは私が貰うべきじゃないわ。」 「リズにしか渡さない。」 セドリックが紙袋から出したもの。 モモホシクズに似た桃色の硝子細工がついたイヤリング。 「あの庭でモモホシクズを見た時、自分が選んだ物を贈ればよかったと思った。どんなに暑くても肌を隠していて、いつも見えてるのは顔くらいだった。だから、イヤリングならつけられるんじゃないか…って。」 「貰ってもつけなかったわよ。」 「そうだな…。」 「……」 「1つ聞いてもいいか?…俺から逃げたのは、俺が嫌いだったからなのか?」 「…そうよ。」 「そうか。なら、このイヤリングはリズが棄ててくれ。俺には出来ないから。」 私の手をとって、コロンとイヤリングを掌にのせる。その手の甲には十字の火傷の痕…。 「どうしてそんな事を言うの…私にだって棄てられないわよ…。」 「何故?」 「……」 棄ててしまえば、セドリックからの想いがなくなってしまう。 「エリザベス、俺とずっと一緒に生きていかないか?一生リズを護っていくから。」 「…これからも毒草オタクだけど、それでもいいの?」 「まぁ、それも含めてエリザベスだしな。」 「だったら一緒にいてあげてもいいわ。」 「他に言い方はないのか。」 「……このイヤリングは私のものよ。」 「当然、ちなみに返却不可だからな。」 「何それ…。」 「さぁ?」 私はきっと誰よりも幸せ者だわ。 過去を知っても一緒にいたいと言ってくれる人がいるんだから。 違う、そうじゃない。忘れてたのを思い出したんじゃなく、ずっと忘れないでいてくれた男の子。 もう受けとるのはお金じゃないし、手渡すものは花でもない。 「一緒に帰ろう。」 「うん!」 セドリックに差しだされた手を強く握った。 これからは、どんな時も手に手を取って歩いて行こう。 いつか命つきて離れてしまう、その日までは…。
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