イマジナリーフレンド・ハッピーエンド

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 洸太は18歳になった。 「はい、洸太」  コウがコーヒーを差し出す。甘さ、コク、すべて洸太好みのコーヒーに好物のクッキーが添えられていた。 「ありがとう」  礼を言うと、洸太そっくりのアンドロイドが微笑む。  12歳の時、風邪をこじらせて一時期声が出なくなり、コウとの会話ができなくなった。    黙っていても、欲しい言葉をかけてほしい。  それなら、些細な表情を読み取ってもらわないと。カメラが必要だ。  遊び相手になってほしい。  それなら、まず遊びを理解してもらわないと。ネット接続して、僕が好きそうな遊びを学んでもらおう。僕の気分に合わせて負け続けても文句を言わない。  それで、勉強もわからないことは何度でも教えてくれて、気分によって励まし方も変えて……。  コウの開発に、洸太はどんどんのめり込んでいった。  猛勉強を重ねた洸太は、ついに1人の人格をプログラムに組み込むことに成功した。    もう、洸太が黙っていてもコウは勝手にしゃべってくれる。いつだって洸太だけを気にかけてくれる。ネットから最適解を見つけ出し、勉強でも遊びでも洸太を導いてくれる。自分だけの、親友。  だが、おもちゃのロボットの体は新しいプログラムを搭載するには小さすぎた。母の遺産からこっそりアンドロイドを購入した。到着日は洸太以外の家族の旅行中を狙い、業者に部屋まで運んでもらった。  使用人たちは見て見ぬふりをしてくれた。  屋根裏で洸太はアンドロイドを改造する日々を送った。お手伝いや秘書、運転手ロボットとして流通しているアンドロイドを家族はバカにしていた。 「またCMやってるよパパ」 「使用人の方がロボットより高性能なのにな。まぁ庶民には雇う金がないんだろ」 「細かいニーズにも答えてくれますしね、ふふふ」  大画面のテレビの広告でさえ、家族は見下した。  科学技術がどんどん発達する反面、家事ロボットではなく使用人を雇うことは金持ちの一種のステータスだったからだ。父親は満足そうだが、囲んでいる食卓には、洸太だけ椅子から器から何もかも他の家族のワンランク下の物を与えられていた。こんな生活が何年も続いている。  思わず「これが細かいニーズかよ」とつぶやくと、父親の大きい目がギョロリとこちらを向く。洸太は慌てて椅子から立ち上がった。 「引きこもりが」  追い討ちをかける言葉が背中に刺さったままドアを閉めた。 「なにが高性能だ。じゃあ人間のくせにまともな家族関係を築けないやつなんてロボット以下だ」 「僕もそう思うよ、洸太」 「母様(かあさま)の遺産を食い物にしやがって。あいつの稼ぎじゃこの屋敷を維持できないくせに」 「そうだよ」 洸太とコウは会話を重ねた。そのうち自室でもコウと一緒に過ごすようになった。 「いい歳して人形遊びか!」  自室のドアが勢いよく開き、父親が入ってきた。背後にニヤニヤと笑う妹と後妻。どうせ告げ口したんだろう。  殴られる前、いつも洸太は痛みに備えてぎゅっと目をつぶっていた。  だが、その日は違った。 「洸太になにするんだ!」  洸太の前にコウが立ちふさがった。父親の拳は止まらず、硬いボディに当たるガン!という音の後、うめき声が上がった。「お父さん!」「あなた!」と妹と後妻が駆け寄る。 「今後僕に暴力を振るわないでください。次は反撃させる」  洸太は父親がうずくまりこちらを睨んでくるのを満足げな表情で見ていた。家庭内の立場が変わった瞬間だった。  
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