27 核心

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「聖夜と柊か」 「はい……俺にとって中央支部のみんなは任務遂行のために手を貸し合うだけの存在でした。仲が悪かった訳ではありませんが、馴れ合うつもりもなかった」 「そうか……でも、変わったんだな」 「はい。あいつらと出会ってから……壁を作らず、仲間に対して全力なあいつらを見てから、仲間との絆を信じられるようになったんです」  翔太はそう言うと、静かに微笑んだ。 「だから、こういうのも悪くない」  翔太の穏やかな笑顔を目の当たりにし、千秋もつられて微笑んだ。  嬉しかったのだ。自分が保護し、長年見守ってきた翔太が、こうして穏やかに笑うようになったことが。 (昔の翔太からは……考えられない表情だ)  千秋の脳裏に、翔太と出会ったばかりの頃のことが蘇った。 * * *  4年前。特部の到着が遅れ、犠牲者が出たという報せを聞きつけた千秋は、特部東日本支部の支部長室に駆け込んだ。 「草谷!」  千秋は、支部長室のテーブルで頭を抱える草谷の元へツカツカと歩み寄った。 「どうして、犠牲者が……!」 「そ、総隊長……、申し訳、ありません……」  草谷は目を赤く泣き腫らしたまま、千秋のことを見上げた。 「隊員が全員、別の任務に出ていて、帰還が遅れてしまい……間に合わなかったんです」  草谷は震える声でそう言うと、立ち上がって千秋の腕を鷲掴みにした。 「どうして……どうして、隊員を増やさないんですか!?以前のように、もっと隊員がいたら、今回のような事態は起こらなかったはずです!!」  草谷は涙を流しながら、千秋にすがった。  たしかに、総隊長が千秋に変わってからは、隊員は全員、千秋によるスカウト制になっていた。先代の総隊長は、公開試験で隊員を大量募集していたのだ。  しかし、千秋がスカウト制をとるのには理由があった。 「……もし、力の無い隊員が戦線に立ったらどうなる?人々を守れないどころか、隊員自身が命を落とすことになるだろう。余計な犠牲は……これ以上作るべきでは無い。だから…………」 「だから、国民の犠牲は仕方ないって言うんですか!?」  千秋の言葉に、草谷は声を荒らげた。 「今回犠牲になったのは……何の罪もない親子だった!両親は亡くなって、まだ小さい兄妹だけ生き残って……!彼らには、行く宛ても無いんですよ!?それでも、総隊長は……」  草谷はそこまで訴えて、千秋の悲しそうな表情を見て口を噤んだ。  草谷も知っていたのだ。以前の特部は、毎日のように隊員が命を落としていたことや、中央支部の最強部隊だった千秋が、それを見送り続けていたことを。  死への恐怖や、仲間の大切さを痛いほど分かっているから、千秋は闇雲に隊員を増やさないと、頭では理解していた。  草谷は千秋から手を離し、絞り出すように声を出した。 「……せめて、あの子達には会ってやって下さい。あの子達のこと……両親を亡くしたあの子達のことを……助けてやって下さい。お願いします」 「……もちろんだ」  草谷の言葉に、千秋は静かに頷き、支部長室を出た。 * * *  千秋が東日本支部の職員に連れられて訪れたのは、医務室だった。  部屋の隅にあるベッドには、気を失った小学生位の少女が横たえられている。彼女の翡翠色の髪の下には包帯が巻かれていた。  そしてそれを、ベッドの脇の椅子に座った、彼女と同じ翡翠色のショートカットの少年が、虚ろな目で見つめていた。  その辛そうな様子を見て、千秋の胸が痛む。 「……花岡」  千秋は、医務員の女性に声を掛けた。すると、彼女は静かに頷き、少年の視線に合わせてしゃがみ込んだ。 「翔太君。少し、いいかな?」  医務員に声を掛けられ、翔太は彼女の方を見た。 「君に、会って欲しい人がいるの」 「会って欲しい人……?」  翔太の言葉に医務員は頷き、千秋の方を見た。  千秋は翔太の隣に膝をつき、彼の方を真っ直ぐに見つめた。 「……はじめまして。私は、特殊戦闘部隊総隊長の志野千秋だ。……君は?」  千秋が尋ねると、翔太は目線を下げて呟いた。 「……風見、翔太」 「翔太っていうのか。……いい名前だ」  千秋はそう言って微笑みを作る。しかし、翔太は千秋のことを悲しそうな目で睨んだ。 「……なんで、来てくれなかったんだよ」  翔太の瞳から、涙が溢れ出す。 「特部が来てくれたら、父さんと母さんも死なずに済んだかもしれない……燕も、怪我しなくて済んだかもしれない……!」  翔太は泣きながら、千秋の肩を押しのけた。  子どもの力なんてたかが知れている。翔太の力では千秋を押し倒すことなんてできやしない。  しかし、千秋の胸の痛みは、強く増した。 「……すまない。君の家族を、助けることができなくて」  千秋は、辛うじてそう謝った。すると翔太は、涙を拭いながらか細い声で呟いた。 「……俺も、あの時……死ねたら良かったのに……」 「え……?」  千秋に聞き返され、翔太は大きな声で言い放った。 「死ねたら、良かったんだ……!!父さんも母さんも、いなくなって……燕も、目を覚まさなくて……!俺だけ1人で生きていくなんて、そんなの……、そんなの……!」 「……!それは、ダメだ!」  千秋は、泣きじゃくりながらそう訴える翔太のことを、強く抱き締めた。 「っ……!は、離せ……!!」  千秋は、自分を拒絶する翔太に対して、力強く告げた。 「私が……私が、君を1人にはしない」 「は……?」 「翔太、私の所に……特部中央支部に来てくれないか?」 「え……?な、何で……!?」  翔太に尋ねられ、千秋は抱きしめていた腕を解いて、翔太の肩を強く掴んだ。 「ここに来る前に、報告で聞いたよ。君が、高次元生物を追い払ったのだろう?」 「そ、そうだけど……」 「その力を、私に貸してくれないか……?君のような強い力を持つ隊員が、今の特部には必要なんだ」  千秋の言葉に、翔太は目を丸くした。 「君が中央支部に来てくれるなら、私が君の生活を保証しよう。君の妹の生活も、だ。もし、君が私の所に来てくれるなら……絶対に、私が君達を守ってみせる」 「……!」  翔太は、千秋の腕を振り払い、彼のことを睨んだ。 「本当だな?」 「ああ。本当だ」  翔太は千秋が頷いたのを見ると、泣いて赤くなった目元を擦って、千秋に真っ直ぐな眼差しを向けた。 「俺、戦うよ。命をかけて、戦って……あんたの力になってやる……!だから、その代わりに……俺と燕を守るってこと、約束しろよ!」  翔太の強い眼差しを受け止め、千秋はしっかりと頷いた。 「ああ。約束だ」 * * * 「……やっと君も、年相応に笑うようになったな」 「なっ……」  千秋に優しい眼差しを向けられ、翔太は顔を赤らめ目を逸らした。 「照れなくてもいいんだぞ?」 「……照れてません」 「君らしいな。もう少し素直になっても良いと思うんだが」 「……もう休みます」  翔太は赤い顔のまま扉に向かって歩いて行き、部屋から出て行った。 「……敵が動き出したが、こちらも変わりつつある。以前までの特部とは違う」  千秋は指輪に目を落とした。 「絶対に打ち勝ってみせる……だから春花、見守っていてくれ……」
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