4 初任務

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「こっちです!落ち着いて!泡には触らないで!」  商店街北口で、聖夜は大きな声で人々を誘導する。 「怖いよぉ……」 「大丈夫だからね……早く行こう」  女の子と母親が逃げようとしている背後に、大きな泡が迫っていた。聖夜はそれに気づき、素早く二人の後ろに回り込む。 「危ない!」  泡が、聖夜に迫る。泡に当たれば、骨折は免れないと琴森は言っていた。しかし、守りたかったのだ。自分を盾にしてでも、聖夜はこの母子を守りたかった。  大怪我をする覚悟を決めて、聖夜が目を瞑ったその時。 「伏せろ!」 「っ……!」  少年の大きな声が聞こえて、聖夜は慌てて親子を巻き込みながら伏せた。 「『竜巻』!」  少年の声と共に竜巻が吹き荒れ、辺りを漂っていた泡が一掃された。それを確認した聖夜が立ち上がると、少年が母子のもとへ駆け寄って来るところだった。 「大丈夫ですか?」  少年が声を掛けると、女の子は泣きながらしゃがみ込んでしまう。 「うう~……やだあ、怖いよぉ……!」  その様子を見た少年は、先ほどの柊とのやり取りからは想像できない行動に出る。 「大丈夫だ。……兄さんが守ってやる」  少年は女の子の目線に合わせてしゃがみ込むと、優しく頭を撫でたのだ。 「え……?守って、くれるの?」 「ああ。俺が、君を守るために戦ってやる。だから、君も母さんを守ってやれ。手を繋いで、一緒に逃げるんだ。できるな?」 「っ……、うん!」  女の子はしっかりと頷き、母親の手を握った。 「お母さん、行こ!」 「うん。……ありがとうございます、特部のお兄さん方」  母親は2人に向かって会釈をすると、娘と共に走り去っていった。 「あの……ありがとな!」  聖夜が慌てて礼を言うと、少年は聖夜を軽く睨む。 「泡に触れたら骨折は免れない。お前は守る側なんだ。自分が犠牲になるなんて甘いこと考えるな。今、お前がここで倒れたら、救える人も救えなくなるんだぞ」 「う……ご、ごめん」 「……こっちは大方逃げたな。お前の妹の手伝いに行こう。向こう側だ」 「わ、分かった!」  2人は商店街の反対側へ向かった。 * * *  白雪は1人、商店街の中央で魚人と対峙していた。 「ヴヴヴ……!」  魚人は泡を吹き、あっという間に白雪は泡に囲まれてしまう。 「ヴー!」  しかし、ニヤニヤと笑う魚人に対して、白雪は微笑みを崩さなかった。初めて聖夜達と出会ったときに見せた、氷のように冷たい微笑み。それを、ただ静かに敵に向ける。 「随分、なめられているようだね」  白雪は右手を高らかに上げた。 「凍てつけ」  白雪が指を鳴らすと、泡と魚人を巻き込んで周囲が凍りついた。春の商店街に、美しい氷の彫像が生まれる。白雪は、何が起きたか知る間もなく凍りついた魚人に歩み寄り、その氷に触れた。 「勝負する相手は、間違えないようにしないとね」  白雪が再び指を鳴らすと、氷が全てバラバラに崩れ落ちた。 「……寒い」  白雪はその場に座り込み、胸を押さえて小刻みに震える。 「……げほっげほっ」  深呼吸をして、白雪は溜息をついた。 「……僕には、時間が無いんだ。早く、早く姉さんに追いつかないと……」 * * *  一方、商店街南口付近では、柊が逃げる人々を庇うように立ちふさがり、泡に対処していた。 「遅れろ……!」  柊の声に合わせて、空色に包まれた泡がスローモーションになる。柊は泡を食い止めながら、人々に向かって声を張り上げていた。 「早く逃げて!」  柊の声を聞き、人々は慌てて避難をする。 (この量の泡を止めるのは……きつい)  柊はその場から動けなかった。アビリティをかける対象が多ければ多いほど、術者の負担も大きくなる。柊自身も泡から離れなければならないのに、足が震えてまともに動けない。 (集中して……1秒でも避難する時間を稼げ!)  泡が徐々に、柊に近づく。柊の意識も、だんだんと薄れていく。 (駄目だ……もう意識が……) 「おい、あれは……」  少年が指さした方向に、倒れた柊と柊に迫るいくつもの泡があった。ここから攻撃すると妹も巻き込んでしまう……どうするればいい?少年が頭を悩ませるのを余所に、聖夜は呟くように言った。 「先行く……!」 「は……?」 「『加速』!!」 「おい!待て!」  翔太の制止を無視し、聖夜は加速した。聖夜の身体を包む空色の光が、流星のように尾を引く。光が置いて行かれるほど、聖夜は速かった。 「柊ー!」  ぎりぎりの所で聖夜は柊を救い出し、泡から逃れた。 「今だ!」  聖夜は、避難した路地から少年に向かって叫んだ。 「分かってる……!『竜巻』!!」  少年の竜巻が泡を一つ残らず破壊する。泡を破壊してすぐ、少年は2人のもとへ駆け寄った。 「大丈夫か!?」  少年が2人に駆け寄ると、聖夜はふにゃりと笑って言った。 「なんとか……柊も無事だし……」 「……そうか」  少年は頷いて、そして言った。 「妹が大事なんだな」  妹が大事……そう言う少年の、聖夜を見る目は明らかに優しいものへと変わっていた。それに気づかないまま、聖夜は少年に頷く。 「ああ。……訳あって今両親が居なくてさ。血の繋がった、唯一の家族みたいなところがあるから、すごく大事だって思ってる」  聖夜は気を失った柊を見つめて話し続けた。 「君が俺を助けてくれなかったら、今柊を助けることもできなかったんだよな。ありがとう。えーっと……」 「風見翔太(かざみしょうた)だ。……お前らの人を助けようとする気持ち、認める」 「……!」 「でも、自己犠牲は必ずしも正しくはない。第一に自分を犠牲にする癖、早く治せよ」 「うん!」 「……んん。聖夜……?」  柊が目を覚ました。瞳を開けた柊を、2人は心配そうに見つめる。 「柊!」 「大丈夫か?」 「……うん」  2人の問いかけに、柊は体を起こして頷いた。 「助けてくれたんだ……ありがとう。君が強いの、ほんとだったんだね……」  柊の言葉に対して、翔太は目をそらす。その頬は、少しばかり赤かった。 「風見翔太だ。……さっきは悪かったな」 「私も……ごめん。……はい」  そう言うと柊は手を差し伸べた。 「仲直りの握手」 「は?」  翔太はきょとんとした顔をした。まるで柊が何を言っているか分からない……といった様子の翔太を、柊と聖夜は不思議そうに見つめる。 「え、仲直りしたら握手じゃない?」 「翔太はしないのか?」 「し、しないが……」  たじろぐ翔太の手を、柊は無理矢理掴んだ。 「はい、仲直り!」 「お、おお……」  顔を赤くした翔太を見て2人は笑った。 「みんな、ここにいたんだ」  白雪が3人を見つけて笑った。手がかじかんでいるのか、白雪は両手を擦りながら3人に歩み寄ってくる。 「仲直りできたみたいだね」 「白雪さん、これは……」  慌てる翔太に白雪は微笑んだ。 「高次元生物は始末した。後は警察の方で処理してくれる」 『みんなおつかれさま。車を回したから、帰還して』 「了解。さあ、みんな帰ろう」  白雪の言葉に3人は頷いた。
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