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29 未来人の企み
* * *
「あの小娘をどこに逃がしたんだい!?」
朝丘病院3階の病室に、怒鳴り声が響き渡った。
病室の中で、ウォンリィが白衣を着た男性の胸倉を掴んで怒鳴り声を上げていたのだ。
「いくら君が僕達に必要だからって、何をしても良いと思っているのかい?宵月明日人!!」
明日人と呼ばれた男性は、眼鏡越しに少年を睨んだ。
「……お前達に教えることは何もない」
「くっ……」
ウォンリィは乱暴に明日人を放した。そして、苛立ちに表情を歪めながら親指の爪を噛む。
「どうしてこうも計画が狂うんだ……こっちは特部の相手をしなくちゃならないっていうのに、脱走者が出るなんて……」
苛つくウォンリィを余所に、明日人は腕時計を確認した。
(あれからもう丸一日だが……旭は無事特部に辿り着けただろうか)
明日人が不安げな眼差しを時計に落としていた、その時。勢いよくドアが開きイグニが入ってきた。
「ははっ!なんだよウォンリィ、またイライラしてんのか?」
そう言って豪快に笑うイグニを、ウォンリィは鋭く睨む。
「うるさいな……こんな時に何の用だい?」
「リーダーから伝言。明日、遂に高次元生物の正体を明かすってさ。そんで特部各支部にも一斉攻撃」
「へぇ……遂にか」
イグにの言葉を聞いたウォンリィは、先程までとは一転し、不敵な笑みを浮かべた。
「人々は怯え、特部は潰れる……この時代の人間を支配できれば、僕達の未来も……」
「ああ。変えられる」
「……そうと決まれば、早速準備しないとね。こんな所で油を売ってるわけにはいかない」
ウォンリィとイグニは病室を出て行った。1人取り残された明日人は、窓の外を見た。住宅街の灯りが1つ、また1つと消えていく。
(聖夜、柊……今頃どうしているだろう)
妻が生きている未来が手に入ると誘惑され、2人を置いてきてしまったことが、明日人は申し訳なくてたまらなかった。
(……今は2人が無事だと信じて、自分にできることをするしかない。それが私にできる唯一の償いだ)
明日人は、白衣の下に忍ばせた小さな端末を握りしめ、目を固く閉じた。
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