35 朝丘病院

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 柊がタイムマシンを起動させると、地下駐車場からその姿が消えた。 「……行ったか」  明日人はそれを確認し、アビリティを切った。  ノエルはそれに気がつき、明日人に対して哀れみの込められた笑顔を見せる。 「子どもを守るために犠牲になるっていうのか?宵月明日人……」 「……ああ。だが、私もただでは捕まってやらない」  明日人は端末を操作し、爆弾を起爆させた。  ドーン!と大きな音を立て、建物が徐々に崩れ始める。 「なっ……」 「お前達の計画は、ここで終わりだ」 「チッ……」  ノエルは舌打ちし、キューブを取り出した。 「こんなことをしても……僕達は諦めないよ」  ノエルはそれだけ言い残すと、キューブの出す光と共に姿を消した。 「……聖夜、柊」  崩れる建物の中で、明日人は我が子の名前を呟いた。 「傍に居てやれなくて……すまない」  その時、地下駐車場近くで爆発が起き、兵士が飛んできた瓦礫に押しつぶされた。地下駐車場も崩壊が始まる。 「しおり……不甲斐ない私を、許してくれ……」  亡き妻のことを思い出しながら、明日人は固く目を閉じる。  すると、瞼の裏に、走馬灯のように彼女との思い出が映し出されてきた。 * * *  聖夜と柊が小学生になった年。しおりは個室の病室に移された。  体もどんどんと痩せていき、起き上がることすら難しい彼女の元へ、明日人は毎日のように見舞いに行っていた。  クリスマスを直前に控えた、ある平日の昼間のこと。しおりは、明日人に微笑みながらこう告げた。 「私、明日人君と結婚して良かったなぁ」  妻の突然の言葉に、明日人は驚いた表情を浮かべる。 「どうしたんだ?急に……」  戸惑う明日人に対して、しおりはクスっと笑う。 「冗談だと思ってるでしょ」 「いや、そう言う訳じゃないが……ただ、改めて言われると意外というか、驚くというか」 「ふふっ……。もう、もっと自分に自信を持って」  しおりはそう言うと、力が入らない手を必死に動かしてながら、明日人の手に自分の手を重ねた。 「先天性能力細胞肥大症。この病気があったから、小さい頃から私、いつまで生きれるか分からなかった。でも、明日人君が支えてくれたから、子ども達に出会えるまで長生きできたんだなって、ふと思ったの」  先天性能力細胞肥大症とは、アビリティを司る能力細胞が、本来体に行き渡る栄養を全て吸収してしまう病気である。時間が経つごとに能力細胞が肥大化し、症状は重くなる。  能力細胞が異常発達することで、人間が高次元生物になることは、当時はまだ知られていなかった。  いや、知る由も無かったのだろう。能力細胞が変形する前に、この病気の人間は必ず命を落としてしまうのだから。 「しおり……」 「私、きっと後1年も生きられない。でも……明日人君や、聖夜や柊と一緒に過ごせた思い出があるから、怖くないんだ」 「そんな……!死ぬなんてまだ分からないだろう?もしかしたら、病気が寛解することだってあるかもしれない。だから、諦めるなんて……!」  明日人は、そう必死に訴えて……涙を流した。 「っ……、君がいなくなったら、僕は生きていく自信がない……。悲しくて辛くて、きっと耐えられない……!」 「明日人君、駄目。明日人君は、生きるの」  しおりはそう言うと、優しい笑顔で彼を見つめた。 「生きてたら、絶対に……幸せなことが起きるの。私が、生きてたお陰で、あなたと出会えたように」 「しおり……」 「だから、生きて。私が生きられない、未来も……。明日人君が、生きて、大切な人と笑ってる未来が、私の希望なの。だから、お願い」  しおりの言葉を聞き、明日人は、涙を拭って頷く。 「……ああ。それが、君の希望なら……僕は、生きる。生きるよ」  明日人はそう言って、ベッドに横たわっている彼女の頬に口付けした。 「……愛してる。君が、過去に置いていかれたとしても」 「うん。……私も、未来を生きるあなたを愛してる」  しおりは、痩せた顔いっぱいで幸せそうに微笑みながら、明日人のことを見つめていた。 * * *  爆音が響く中、明日人はゆっくりと目を見開き、呟く。 「……ああ。何をしているんだ、私は」  明日人は爆発で揺れる地面を必死に蹴って、瓦礫が落ちてボロボロになった、地下駐車場から地上階に繫がる車用の坂道を上り始めた。 「約束したじゃないか。しおりのために、生きると……!」  坂道を登る度に、爆発による地上階の熱気が酷く伝わってくる。それでも、明日人は足を止めなかった。 「生きるんだ……!諦めずに……!!」  やっと地上階に出ると、そこにはすでに火の手が上がっていた。燃え盛る瓦礫が、明日人の行方を阻む。しかし、僅かだが、瓦礫に隙間があった。  人が一人通れるか通れないかの小さな隙間だ。しかも、燃えている。  しかし、諦める訳にはいかなかった。  明日人は、手元の端末を操作し、時空科学の応用で『巻き戻し』を発動して、辛うじて炎が燃える前の状態に戻した。 「これで、抜けられる……!」  明日人は懸命に瓦礫を抜け出し、駐車場の出口まで辿り着いた。 (あと少しだ……!)  もう助かった。そう思ったが、しかし。  出口の天井から、大きなコンクリートの塊が降ってきたのだ。 「なっ……!」  明日人は咄嗟に『遅延』を発動して、急いで出口を駆け抜けようとした。だが、爆発により地面が揺れ、その場に転んでしまう。  彼の足に、コンクリートが叩きつけられた。 「ぐぁ……!」  明日人の足に激痛が走る。痛みのあまり、意識が飛びかけた。  しかし、明日人は唇を噛みしめてそれに耐え、手元に落ちた端末から通話アプリを開く。 「千秋……」  明日人は痛みを堪えながら、15年前に一度教えて貰い、以前使っていた携帯に登録していた千秋の番号を、記憶を頼りに打ち込んだ。  明日人の耳にコール音が鳴り響く。 「頼む、出てくれ……!」  コール音が5回鳴り響いた、その時。 『もしもし……?』  千秋の声が、明日人に届いた。 「千秋……!」 『明日人さん!?今、どこにいるんですか!?』 「駐車場の……地上階の入り口だ……足が、コンクリートに挟まれて、動けないんだ……」 『っ……!分かりました。すぐに助けを呼びます!』  そう言う声がして、電話が切れる。 (……助かる。これで……)  そう確信した明日人は、緊張の糸が切れ……周囲の爆発が続く中、意識を失った。
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