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黒い世界のナイフが刺さった場所で、柊は深也と再会した。始めは無事に会えて安心していたが、彼の左肩の出血を見て、柊は顔色を変える。
「深也君、その肩……」
「大丈夫……結構痛むけど……」
「すぐ治すよ。私に任せて」
柊は、無理矢理笑顔を作る深也の左肩を両手で覆うと、小さく呟く。
「……『巻き戻し』」
すると、柊の声と共に、深也の傷口が空色の光で包まれた。みるみるうちに深也の肩の痛みが引き、傷口が塞がっていく。柊のアビリティは『遅延』だったはずだが、こんなこともできるのかと、深也は内心驚きを隠せなかった。
「痛くない?」
柊の問いかけに深也は頷く。
「ありがとう……君、こんなこともできるんだ……」
「疲れちゃうから、あんまりやらないようにしてるんだけどね」
「え、わ、わざわざ僕なんかのために使わせてごめん……」
慌てる深也に、柊は明るく笑った。
「酷い怪我だったし、仲間を助けるのは当然のこと!それに、深也君って自分が思ってるよりもすごいんだから自信持ちなよ」
「え……?」
「吸い込まれる直前にナイフを目印にしたり、さっきの戦いでも明るくすることに気がついたりさ、すごく機転が利いてたよね」
「そ、そうかな……」
「そうそう!」
柊は頷いて、深也に笑顔を向ける。その裏表の感じられない笑顔を前にして、深也の心が安堵感で温かくなっていく。その優しさの熱を感じながら、深也は胸を押さえて小さく微笑んだ。
「ほら、海奈を探しに行こう」
柊の声に、深也はナイフを引き抜き頷いた。
黒い世界を、2人で並んでひたすら歩く。ふと、深也の頭に、柊も自分のように過去のトラウマを見たのかという疑問が浮かんだ。
「ねえ、柊ちゃん。僕さ、さっき違う場所に引きずり込まれた時に、昔の自分を見たんだ」
「昔の深也君……?」
深也は頷いて続けた。
「うん。特部に入る前の僕。……すごくリアルで、辛かった」
「辛い思い出があったの……?」
柊の問いかけに、深也は苦笑いする。先ほど、トラウマと向き合って、「生きる」と決めたとはいえ、まだ全て許して受け入れられるほど、いじめの記憶を乗り越えることはできていなかった。
「……色々あってさ。特部に入るまでは、生きているのが嫌だった……あ、別に今はそんなことないし、ど、同情して欲しいわけでも無くて……その……。き、君も見たのかな……そういう、変な夢みたいな……」
少しまごつきながら尋ねる深也に、柊は頷き俯く。
「……見たよ。私のは過去の思い出じゃ無かったけど……すごく苦しい夢だった。」
俯いてしまう柊を見て、深也は慌てて付け加えた。
「お、思い出さなくてもいいよ……ただその……今回の相手はもしかしたら、精神攻撃が得意なのかもって思って……僕達が恐れてるものを引き出して、僕達を壊そうとしてるのかもしれない……」
「……そうかも」
柊が頷いた、その時。
「どうして言うことが聞けないの!?」
遠くから甲高い怒鳴り声が聞こえた。
「……あっちだ」
深也が指さした先は、黒い世界から切り取られたかのように白く、明るかった。
「もしかしたら、海奈の……」
「う、うん……行ってみよう」
2人は、ぬかるんだ地面を蹴りながら、明るい方へと急いだ。
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