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深也は朦朧とした意識まま、ずっと抱えていた想いを海奈に伝えた。先程、柊が自分の胸を温めてくれたように、彼女の心に熱をうつすために、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「いつから、とか……覚えてない。でも、好きなところは、沢山言える……」
「深也……」
「いつも明るく振る舞ってるところとか、みんなを気遣う優しいところとか……ぼ、僕は、自分が嫌いで、ひ、人もあんまり好きじゃなかったけど……君に会えて、結構変われたんだ……」
深也は震える手を持ち上げて、海奈の涙を拭った。
「だから……君に、泣いて欲しくない……」
「あ、あたし、そんなこと言われて良い人間じゃないんだ」
海奈は泣きながら、自身の闇を打ち明けようと口を開いた。
「女の人としてじゃなく……男の人として生きたいんだ。ずっとそうだったんだ……!」
「海奈……」
「ずっと苦しかった……ランドセルは黒がよかったし、女の子の制服なんて着たくなかった。可愛くなんてなりたくなかった……でも、分かってくれたのは姉さんだけだった……」
「うるさい!!」
泣きじゃくる海奈に、海奈の母親は拳を振り上げた。しかし、彼女が拳を振り下ろすより、早く。
「『止まれ』!」
柊の声が響いて、彼女の動きが止まった。
「……大丈夫だよ、海奈」
柊は海奈の背中を優しくさする。
「私も、深也君も……特部のみんなも、海奈のこと絶対に独りにはさせない。どんな海奈でも、海奈だもの」
「柊……」
「ウ……ウアアア!」
海奈の母親が黒く染まり始め、影の怪物に戻った。
「キエロ……キエロ……キエロ!!」
影は地面から包丁を生み出し、3人に鈍く光る刃を向ける。柊は2人を守るために影の前に立ちはだかり、体術の構えをとった。
「来るなら来なさい!」
柊は影の腕を締めあげようとするが、影の身体は実体がないのか触れることすらできない。
「このっ……!」
ならせめて、包丁を取り上げようと、影の包丁が固く握られた右手に手を伸ばそうとするが、包丁を振り回され躱すことでやっとだ。
「っ……!」
振り回される包丁を躱そうとしたその時、柊はバランスを崩して転倒してしまった。この世界の地面は白い砂。アビリティ課入隊試験の会場である体育館とは異なり、不安定な地面だった。
柊がしまったと思う間もなく、影が包丁を持って彼女に迫っていた。柊が思わず目をつぶった、その時。
「『激流』!」
影が激しい水流に押し流された。
「ウウア!?」
影は激流に押し返され、その場に倒れ込む。包丁が影の手を離れ、地面に落ちた。
「……ありがとう、柊、深也」
海奈は包丁を手に取ると、ポニーテールにした長い髪を切り落とした。
「俺は……俺を認めてくれる人のために、生き抜いてみせるッ!!」
海奈は、倒れている影に包丁を突き立てた。
「ウグアアア……!」
確かな手応えと共に影が消滅していく。
すると、黒い世界に亀裂が入り、そのまま砕け散った。
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