14 影の魔人

10/14

67人が本棚に入れています
本棚に追加
/232ページ
 深也は朦朧とした意識まま、ずっと抱えていた想いを海奈に伝えた。先程、柊が自分の胸を温めてくれたように、彼女の心に熱をうつすために、ゆっくりと言葉を紡いでいく。 「いつから、とか……覚えてない。でも、好きなところは、沢山言える……」 「深也……」 「いつも明るく振る舞ってるところとか、みんなを気遣う優しいところとか……ぼ、僕は、自分が嫌いで、ひ、人もあんまり好きじゃなかったけど……君に会えて、結構変われたんだ……」  深也は震える手を持ち上げて、海奈の涙を拭った。 「だから……君に、泣いて欲しくない……」 「あ、あたし、そんなこと言われて良い人間じゃないんだ」  海奈は泣きながら、自身の闇を打ち明けようと口を開いた。 「女の人としてじゃなく……男の人として生きたいんだ。ずっとそうだったんだ……!」 「海奈……」 「ずっと苦しかった……ランドセルは黒がよかったし、女の子の制服なんて着たくなかった。可愛くなんてなりたくなかった……でも、分かってくれたのは姉さんだけだった……」 「うるさい!!」  泣きじゃくる海奈に、海奈の母親は拳を振り上げた。しかし、彼女が拳を振り下ろすより、早く。 「『止まれ』!」  柊の声が響いて、彼女の動きが止まった。 「……大丈夫だよ、海奈」  柊は海奈の背中を優しくさする。 「私も、深也君も……特部のみんなも、海奈のこと絶対に独りにはさせない。どんな海奈でも、海奈だもの」 「柊……」 「ウ……ウアアア!」  海奈の母親が黒く染まり始め、影の怪物に戻った。 「キエロ……キエロ……キエロ!!」  影は地面から包丁を生み出し、3人に鈍く光る刃を向ける。柊は2人を守るために影の前に立ちはだかり、体術の構えをとった。 「来るなら来なさい!」  柊は影の腕を締めあげようとするが、影の身体は実体がないのか触れることすらできない。 「このっ……!」  ならせめて、包丁を取り上げようと、影の包丁が固く握られた右手に手を伸ばそうとするが、包丁を振り回され躱すことでやっとだ。 「っ……!」  振り回される包丁を躱そうとしたその時、柊はバランスを崩して転倒してしまった。この世界の地面は白い砂。アビリティ課入隊試験の会場である体育館とは異なり、不安定な地面だった。  柊がしまったと思う間もなく、影が包丁を持って彼女に迫っていた。柊が思わず目をつぶった、その時。 「『激流』!」  影が激しい水流に押し流された。 「ウウア!?」  影は激流に押し返され、その場に倒れ込む。包丁が影の手を離れ、地面に落ちた。 「……ありがとう、柊、深也」  海奈は包丁を手に取ると、ポニーテールにした長い髪を切り落とした。 「俺は……俺を認めてくれる人のために、生き抜いてみせるッ!!」  海奈は、倒れている影に包丁を突き立てた。 「ウグアアア……!」  確かな手応えと共に影が消滅していく。  すると、黒い世界に亀裂が入り、そのまま砕け散った。
/232ページ

最初のコメントを投稿しよう!

67人が本棚に入れています
本棚に追加